よだかの星に罪は無い

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男性の隣の椅子の上に置かれたビジネスバッグから茶封筒がのぞいていた。二つ折りの履歴書がちょうど入りそうなB5サイズ。 咄嗟にピンときた。 バイト志望の人!  そう思えばどことなく求職中といった雰囲気に納得が行く。きっと今から面接予定だったのに、急に店長が売り場に呼び出され、けれど現時点では部外者であるこの人を事務所に一人にしておくのも……というわけだ。早速話しかけよう。 「ここ今、学生バイトが就活で一気に抜けたんで、人手が足りてないんですよ。先月からずっと募集かけてたんです。あ、僕バイトの田淵と言います」 「そうなんですか…」 「お名前うかがってもいいですか?」 「……松田です」 覇気のない自己紹介が返ってきた。大丈夫か。人手は足りてないし、あの店長は余程の事が無ければ、わりと面接もスムーズに通すほうだけども。 会話の弾む気配がない。しかし、なんとか会話を繋がなければ。事務所に2人きりなのに、無言で立ったままの人がいるバイト先なんて、この人も不安になってしまうだろうし、明らかに見張りに来たみたいで感じが悪すぎる。 「本、好きなんですか?」 とっさにひねり出した問いかけはあまりにも安直だった。バイト先に本屋を希望する人なんて大抵は本が好きだろうに。 しかし松田氏は、首をすくめるとうつむいてしまった。大丈夫か。 「普段、それほど……読むというわけでもないんですが……」 「そうなんですね! でも働いてると気になる本とか出てくるので楽しいかもしれません」 田淵君のトークってマカロンみたいだよね!と店長にいつも褒められる。小ぎれいだけど軽くてあんま腹の足しにはなんないねぇ、という意味らしい。 「働いて……いさえすればこんなことにはならなかったのかもしれませんね」 松田氏は下を向いたまま、肩を震わせ始めた。 しまった、無神経だったかな。去年1年間、猛威を振るって終息した新型伝染病による不況で職を失った人は多い。それまでのキャリアを捨てざるを得ず、他の業種を視野に入れても同じような境遇の人が殺到して、就職率は難航して云々といったニュースを思い出す。 この年齢だ。松田氏だって興味のない本屋でも、慣れないバイトでも、まずは頑張ろうとしている最中なのかもしれない。
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