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父の睫毛が震えた。指が、シーツを押さえる。小さなさざ波のような皺が出来た。
音が消えた。
ナースコールを押さえる指が、滑って、カチ、カチと音が鳴った。
看護師さんの慌てた様子を廊下で見た母は悪い想像をしたようで真っ青だった。けれど、事情を知って祈った。
父は、目覚めた。
あとになって、坂本さんの話をした。
掠れた声で、父はぽつりぽつりと語った。
「ちょうど、あいつの夢を見ていた。最後の、サヨナラ負け。俺の指示が間違っていたのかもしれない。あいつが間違えたのかもしれない。
あいつらしくない甘い球で」
打たれたそうだ。
「坂本は、野球をやめるつもりだった。だから」
あいつの最後の球を俺は受けてないんだ
「けど、」
父はくしゃくしゃの顔で言った
「あいつ、投げてくれたんだよ。もう一度。
夢で。寝てんじゃねえよ、馬鹿って。すごい速い球で、高くて、取ろうと伸び上がったらそのまま浮いて、なんか、な。引っ張られるみたいに」
こっちに戻れた、と。
うん、うん、と頷く。
風景が滲む。
父が起きるまでは、泣いたら全部が悲しみに呑まれそうで私も母も、張り詰めていた。
「お礼言おうとしたら、坂本さんいなくて。先生を呼んで、私もお母さんも探してて……また、お父さんからよくお礼を言ってね」
父は、唇を噛んだ。
どこか痛むの?と聞く前に、父は顔を背けた。
「少し窓開けてくれるか」
「暑いよ」
少し開けただけでも蝉の声と熱気が入ってくる。
「ああ、暑いな」
「だから言ったじゃない」
「夏に、なっちまったんだなあ」
父は写真を撫でている。
「坂本がな、まだこっち来んなって言うからな……しばらく頑張ってみるか」
え?
「ありがとう」
父の声は夏に溶けた。
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