モスキート

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 私が後ろから覗いていることに気付いたのか、彼女が振り返った。  「あ、お疲れ様でーす」  イヤホンを片耳だけ外して小さく会釈。  もともと、彼女は愛想がいい方ではないので睨まれているように感じても、それが平常時と変わらない可能性が高いが、思わず口をついて出てしまう。  「ごめん、邪魔しちゃった?」  彼女は完全にイヤホンを外して、回転いすをくるりと回す。  「全然。聴いてただけなんで」  それを聞いて、ほっと安心した自分が少し情けない。  そう広くはないアルバイト用の休憩スペースに、そう年の離れていないはずの女子2人。いや、彼女からしたら、私が自分で自分のことを女子って言ったら陰で笑われるかもしれない。彼女はそんな性格悪い子じゃないことは知っているが。  どちらにせよ、12月31日の(東京から見れば)田舎の遊園地で遅番シフト出勤のアルバイトなんて世間から見たら寂しい女(の子)だろう。  「冬休みは?いつまで?」  彼女がイヤホンを外したまま、キャスターをくるくる回して遊んでいるので、黙っているのも居心地が悪く、逃げるように話しかけてしまう。  「えーと、5日?です。多分。いや、違うかも。分かんない」  あ、書き初めやらなきゃ、と彼女は付け加えた。  でも、それで会話はおしまい。彼女と私にはそれ以上の情報も共通の趣味もない。唯一の情報である「彼女は高校生」カードを切り、そこで会話が終わった時点で、私は素寒貧なのだ。  やっぱり居心地が悪くなって、鞄の中のスマホに助けを求めると、  「このバンド、知ってるんですか?」  驚いたことに彼女から話しかけてきた。何故?と思ったのが顔に出たのか、彼女は続けた。  「いや、鼻歌歌ってたんで……知ってるのかなって」  「あ…………」  聞こえていたのか。音漏れするほど爆音で聴いていたのでバレていないだろう、と高をくくっていたら痛い目を見た。それとも女子高生の耳の良さに賞賛を送るべきなのだろうか。  「あ、いや、その、有名だから……テレビでよく見るし……」    嘘だ。家にテレビなんてない。なんならエアコンもない。そんな高級な家電製品を買う余裕はないから、あるのは中古のおんぼろノートパソコンだけだ。  「ですよねー、最近売れてきてて。柚木さんみたいな、あんまりバンドに興味ないって感じの人にも知れてきて嬉しいです」  彼女は私の下手くそな言い訳をあえてスルーしてくれる。夜道を帰る時、誰もいないからって、声に出して歌を歌っていたら、前から通行人がやってきたような羞恥心に襲われた。  「本当は今日、年越しの音楽特番やるじゃないですか。出てるはずなんですけど、バイト入っちゃったんで。スケジュール管理下手くそか、私っ!」  ケラケラと軽い笑い声が響いた。
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