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少々焦った。コンビニがこれだけ混雑しているとは思いもしなかった。単に人が多いだけでなくレジ袋の有料化でもたつく人が多すぎる。無くなって気が付くそのものの有難みが痛いほどよく分かった。
バス停に着くと五分前だ。これ位余裕が無いと乗り遅れそうで怖い。せわしない時間の流れの間を縫ってコーヒーをかばいながらここまでやって来た。車の通行が多いやかましい通りだ。そうしていると背後を自転車がすり抜けて行く。まあ、いつもこんな感じだ。これが日常と言うものだ。さあ五分で飲んでしまおう。そう考えながらコーヒーをすすった。その黒い液体は時間の中で甘い香りを放つ。
さて、この後帰ってからどうしようか。思いつくことと言えば取り敢えず寝たいという事だろう。今日はなんだか疲れてしまった。いや、「今日も」である。ここ最近バス停で立っているのも億劫なくらいだ。このままでは倒れてしまう。時間もないしコーヒーをグイっと飲んだ。まだ猫舌には熱いくらいである。その衝撃をのど元に受け止めてはっとした。やっぱり行けるような気がした。コーヒーの甘い香りの中に穏やかな店内の様子が浮かび上がる。
その店に最後に行ったのはいつであろう。大通りから一歩入り込むだけでのんびりした日曜日の空気が流れる住宅街。その中にある喫茶店。ヨーロッパの山小屋を思わせるようなお店がにこやかに立っている。ちょっと休もうと思って何となく入り込んだ店内。そこは意外と賑やかであった。中年のグループがなにやら楽しそうにやっている。私は店の隅の方に座って一服することにした。コーヒーを呑みながら本を読んでいると。
「なんか渋いもん読んでるねぇ。」
如何にも変わり者と言う感じの風貌の初老の男性が文学全集を覗いてきた。
「最近は活字離れっていうけどいるんだねぇ、小説好きなのって」
どうやら小説をはじめとする文学好きの集まりのようだ。私が珍しがられる程の年齢層である。当時大学生で、文学サークルはあるにはあるが彼らはライトノベルの話題には馴染めない。純文学について語り合える人が居なかった。読書は個人的な趣味であった。
そういえばなんか最近あまり本を読んでいないような気がする。このバス停の周りを取り囲む空気をみれば理由も何となくわかる。そんな暇が無いのだ。
あの喫茶店ののんびりとした雰囲気は病みつきになった。初めて行ったときは月に一回の総会だったようだがそれ以外の日にも彼らはちょくちょく立ち寄って雑談しているようだ。勿論誰も来ない時もある。そんな時には店に揃ってる彼らが作った同人誌を眺めてみた。五分もあれば読める短編や詩や短歌の数々。
「君も書いてみない?」
この人も神出鬼没だな。いつの間にかやって来てニヤニヤしている。
「えーと、どうしよう。」
ちょっと書いてみたい気もした。これ位の長さの作品ならこれまで考えた妄想を形にすれば書ける気がした。
「若い人大歓迎だから。」
そんなわけで書いてみる事にした。自分に丁度よさそうな舞台があると乗ってみたくなる。出版社主催の新人賞とかは難しい。昔書いてみたけど枚数が全然足らないうちに妄想が果ててしまった。自分は読むの専門で良いか。ところが同人誌という自分に都合が良い存在に出会ってしまった。締め切りは逃したとしても次があるし急いで書く事無い。
さて、こんなことを思い出しているのはバス停なのだがバスは来る気配がない。時計を見たらあと二分位だ。五分って意外と長い。この時間もあの日々のように妄想に使っていても良かったかな。そうしたら家についてから清書を開始する。こんな感じで書けばよかったのかもしれない。
「若いねぇ~」
「何となく『北上夜曲』みたいじゃない?」
あの時書きあげた小説は皆々様に若い感性を吹き込んだらしくなかなか好評だった。若さゆえの消えそうな心境を文章にしてみた。すると彼らにもそんな時期があったとかなんかで盛り上がった。それに影響されて若々しい作品を書いた人もいた。こんなに反響があるとはな。その後も何作か書いたが飽きなかった。
目の前にどーんと車が迫ってくる。バスが来たのだ。さて今からでも妄想を始めるか。残ったコーヒーを飲み干しアロマの中で思いを巡らせた。
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