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もういいだろう、そんな声が聞こえる。この人が電話で誰かと話している。こちらを一瞥してそうだなと言う。俺は最後の希望に縋っている。
「あと五分、あと五分だけ待ってください」
こちらを見る。
「まあいいだろう」
表情は変わらない。けれどどうせあと五分では何もできないと思っているんだろう。それでも、俺はその五分が必要だった。
そう、確かにあいつは九時までに助けに来てくれると言った。ちらっと見えた目の前の人の腕時計がさしていた時間は、九時まであと五分くらいだ。それまでは下手に出て相手の機嫌を損ねないようにしなければいけない。せっかく助けに来てくれるって言ったんだから、だから俺がそれを無駄にするわけにはいかない。
「あと四分」
この人は正確に五分だけ待つつもりみたいだ。頼むぞ……、俺はもうお前しか頼れないんだ。
「あと三分」
俺に見える範囲に時計はない。疑問を持つ。いや、疑うと言う方が正確か。この人はずっと時計を見ている。俺を見張るのはほかの人たちがやっているからいいんだろう。俺に時計が見えないなら、少し早くてもわからないんじゃないだろうか。例えば五十秒とかで一分と言われても、俺にはわからない。判別がつかない。
「あと二分」
誰も動かない。自分の心臓の音くらいしか聞こえない。秒数を数えようにもこんな状態だと正確な速さにはならないだろう。
「あと一分」
こちらに来る。足音がコツ、コツと響く。この部屋のドアは上半分がすりガラスになっていて人が立っているのが見える。その人が動く気配はない。助けに来てくれるんじゃなかったのかよ。それは厚意だ、あいつの。当たるのは筋違いだ。
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