時報

2/2
前へ
/26ページ
次へ
いつものカフェでレモンティを頼む。 土曜日の午後3時、そこにはすでに一人の男性が座って死にかけていた。 「生きてますか?」 「死んでる」 訂正、一人の男性が座って死んでいた。 肩にかけていた邪魔な矢筒をテーブルに立てかける。 「お疲れ様です」 「やめた」 テーブルには、ホットでブラックなコーヒーが湯気を出している。 死体はテーブルに顔を伏せながら、目でチョコレートなタルトを指す。 どうも、熊は冬眠したいらしい。 「やる」 「え?」 「それ」 「寝る」 えっと 「うん」 「4時に起こして」 「おやすみ」 熱いコーヒーを冷ましながら、熊は夢の中に旅立つ。 今日は珍しく山の向こうに入り口が見える。 ジャケットくらい脱げばいいのに。 まあ、ありがたくおやつはいただきます。 「おいしい」 向かい側の席のPCと紙の束がぱんぱんに詰まったバッグを見ながら、のどかなティータイムを過ごしてみたりする。 一応、英語のノートも開いた。 「帰ればいいのに」 目の前の天然パーマに手が届くのはたぶん今日だけ。 窓から夕日が差し込む。 今何秒だろう。 そっと手を伸ばした。 「ん?ああ」 「いえ、おはようございます。」 レモンティは思ったより酸っぱかった。 冷めたコーヒーを飲み干して外に出る。 くねくねして奇声を発しながら熊が人間に戻っていく。 「えらいわー」 「えらいえらい」 絶賛実習期間中だそうで、これからどこに行くつもりなんだか。 大きなあくびをしながら手を振る。 結局、今日も原付にまたがった後ろ姿を見つめるしかできなかった。 おかしいな、まだ1つも数えてないのに。
/26ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加