5分買いませんか

1/1
前へ
/1ページ
次へ
「梶野くん、頼んでおいた資料できた?」 「今、作っているところです。あと5分あればできると思います。」 「そうか、…」 平田さんは何か考え込むように答えた。 その様子が気になった私は、「何か気になることでもありますか?」と聞いた。 「いや、あと5分っていうので、ちょっと思い出したことがあってね…」 平田さんはおもむろに話し始めた。 「あれは、入社3年目のときだったな、ちょうど君ぐらいのときだ。」 「だいぶ仕事にも慣れてきて、ちょくちょく大きな仕事もさせてもらえるようになってね。」 「その日も大きな商談が入っていて、バスで取引先に行くことになっていたんだが、プレッシャーからか腹を下してしまってね。なんとかおさまったんだけど予定していたバスに乗れなくなってしまったんだ。」 「次のバスならギリギリ間に合うってことでバス停まで走ったんだけど、最後の信号に引っかかってしまってね。その間にバスが来てしまって、信号が変わって走ったんだけど間に合わなかったんだ。」 「呆然とバス停からバスが走っていくのを見送っていたら、肩を誰かに叩かれてね。振り返ると白髪で杖をついたおじいさんが立ってたんだ。」 「『どうかなさいましたか?』っておじいさんに聞いたらなんていったと思う?そのおじいさん『5分買いませんか?』って言ったんだ。」 「で、結局どうしたんですか?」 「不気味な感じがしたから、『結構です。』って断って、おじいさんを背に足早にバス停から去ったよ。しばらく歩いてから、バス停の方を振り返ってみたんだけど、もうだれもいなかった。」 「結局、タクシーを呼んでなんとか商談には間に合ったよ。タクシー代は高くついたけどね。」 「もし、5分買ってたらどうなってたんでしょうね。」 「さあね。いくらなのかもわからないし、そもそもお金で買えるのかもわからないしね。」 「もしかしたら将来君もおじいさん会うことがあるかもよ。まあ、ひとつ言えることがあるとすれば、おじいさんに頼らなくてもいいように早めに行動することを心がけることだね。」
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加