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「智くんはきれいだねって」
「ああ、そう。悪いけど今日は疲れてるの。あんたみたいに呑気にできてないのよ、アタシは」
「おい、凛音」
さっそく智の咎める声が飛んでくる。小さいころは乙音の扱いに困ってたくせに。
「うるさいなあ。疲れてるって言ってんでしょ」
ぼす、と抱えていたカバンを投げるように足元に落とした。
やってしまってから、智と乙音に当たろうとしている自分に気づいた。
はああ、と大きくため息をついて、カバンを抱え上げる。カバンは落とす前より重い気がして、自分の余裕のなさに心底うんざりした。
「お前、なにかあったの?」
智は門扉を開け、アタシのそばまで来た。アタシの機嫌をどう扱っていいかわからない様子の乙音は、白百合の前で立ちつくす。
……カサブランカっていうんだっけ、あの花。何回聞いても覚えられない。
「あとで聞くから、フロとメシが済んだらメール入れて」
「……」
智はそれ以上なにも言わずにアタシからカバンを奪い、乙音に手招きして家に入るよう促した。
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