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――冬の夜は、とても、寒いです。
ボクには『寒い』という感覚はありませんが、身体中が、じんじんと冷えていくのが分かります。
時刻は、あと少しで22時。
この時間なので、さすがにヒトの姿はありません。
それでもボクは『時計』なので、誰が見るわけでもなくとも正確な時刻を表示し続けていたのですが、ふいに、足に違和感をおぼえました。
――こつん。こつん。こつん。
その小さな振動に、ボクはぎぎいと顔を動かします。
――真っ白い、帽子。
真っ白い、杖。
ロングコートを羽織った彼女は、ボクを見上げ、静かに白い息を吐き出しますた。
「……こんばんは、のっぽさん」
その静かな声に、身体がねじ切られるような錯覚をおぼえます。
それでも、薄明かりの中、ボクは静かにうなずきますた。
『……こんばんは、オジョウサン』
「今夜は、とても寒いですね」
『いえ。ボクは、寒さを感じません』
「それは……よかったです。凍えてしまったら、大変ですから」
彼女は寒そうに身体を震わせ、いつものように、ボクの片足に背中をあずけてきますた。
それは、本当にいつも通りの彼女の姿で――彼女の体温を感じながら、ボクは混乱し、けれどどうすることも出来ず、ただひたすら、立ちつくします。
やがて彼女は、小さく笑い、寒さからなのか、あるいは別の感情からなのか、頬を染めながら、身体を揺すりますた。
「……今日、突然彼が、会ってくれることになったんです。最近は本当に忙しくて……でも、今日の夜だったら、少しだけ時間がとれるからって。
それで、いっしょにあたたかいものでも食べに行こうって……いってくれたんです」
その言葉を聞いて。……どうしてでしょうか。
ボクは、全身が氷のように、冷たく、重たく、動かなくなっていくのを感じますた。
……先ほど聞いた、あのヒトの声を思い出します。
――『今日の経験』。
それは、この、『今の状況』を指しているのでしょうか。
寒い中、ずっと、あのヒトのことを待ち続ける、この状況を。
……でも。だとしたら。きっと。
『…………』
あのヒトは――ここには、来ない。
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