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むかしむかし、あるところに、それは歌のうまい吟遊詩人がいました。
物語の住人が宿るというリュートが弾ける吟遊詩人は、国中を探しても稀有な存在で、歌のうまい吟遊詩人は「おとぎのリュート」を持っておりました。
そのリュートを片手に、歌にのせて物語を語り聞かせることで、お金を稼いでいましたが、この語り弾き、いつも途中で人が掃けてしまって、最後にもらえるチップはごくわずかなことがよくありました。
吟遊詩人は悩みました。
歌がくどいだろうか。歌の調子を変えても、最後まで物語を聞いてもらえません。
場所が悪いだろうか。海の近くでも、山のそばでも、街の真ん中でも聞いてもらえません。
時間がいけないだろうか。朝も昼も夜も、やっぱり最後は人がいなくなります。
とうとうお金が底を尽きかけた吟遊詩人は、その日たどり着いた街で宿にも泊まれずに、寂れた教会のすみに腰を落ち着けました。
こんな場所には人も通りません。観客は、祭壇の上に飾られたステンドグラスに象られた聖母さまだけ。吟遊詩人はポロンとリュートを鳴らしました。
──どうか優しい聖母様。今はお眠りの聖母様。今宵はあなたに届けましょう、この物語。
──そして、私の願いにお耳を傾けてください。聞いてくれるだけでいいのです。
吟遊詩人は、リュートに住むおとぎの住人たちの物語が好きでした。
──この子たちの物語がどうかたくさんの人に届きますように。届けられますように。
吟遊詩人の細く優しい声が教会を満たし、ステンドグラスも歓喜の声をあげるかのように、月夜の光に色づきます。
物語を歌い終えた吟遊詩人は、一礼すると椅子に横たわり、リュートを抱きしめながら眠りにつきました。
吟遊詩人が夢の中で過ごしている頃、リュートがポロロンと一人でに鳴り始めました。
「今日の歌はよかったね」
「吟遊詩人さんの歌はいつもうまいよ」
「でも観客は一人もなし。今日も俺たち、紡ぎ損」
「そういうなよ。聖母様が聞いてくれてただろ。あと、そこらにいるアリとゴキブリも」
「私たち、侮辱されました?」
「ちがうよ、ちがうよ、いつでもどこでも働いてるねって褒め言葉」
リュートが震えるたびに、声が聞こえてきます。リュートの玄のさらに奥。目を凝らすと見えるのは、豚や羊や鬼、雪のような肌をした女の子に、鉢巻きをした男の子、猿やキジもいます。
おとぎの住人たちです。
「それは大きな勘違い。こりゃまた失敬」
「あなたたち」
おとぎの住人たちの言葉の応酬に割って入ったのは女性の声でした。
ステンドグラスが淡く光ります。
「それより練習しましょうや」
「明日は白雪、お姫様のお話ね」
「あなたたち!」
おとぎの住人たちは大きな声に、やっとおしゃべりをやめました。
「誰だい、今の大きな声は?」
「私じゃないよ」
「俺でもないよ」
「吟遊詩人さんでもない」
「あたしです」
おとぎの住人たちの前にあらわれたのは、肌が白くもないし、フードもかぶっていないし、鷲鼻でもない普通の女性。
「誰?」
「誰でしょう」
「誰かしら?」
おとぎの住人は皆、役割があります。おとぎ話で語る物語の登場人物は、すべておとぎの住人がやるからです。
「あたしはカントクなの」
「カントク?」
「カントクだって?」
「知ってるかい?」
「あなたたちの物語をまとめるの」
カントクは吟遊詩人の願いを聞き入れた聖母が送り出した女性でした。
「吟遊詩人の物語、なぜ最後まで聞かれないのか、知りたいですか?」
「そんなの知ってる! 聞く奴らが変なんだよ」
「ちがうよ、ちがうよ、声が小さいんだ。聞こえないんだよ」
「踊らないからいけないんだ」
カントクが首を振ります。おとぎの住人の答えはすべて間違いです。
「物語が長いんです」
「長い?」
「長い?」
「長いかな?」
物語はおとぎの住人たちが紡ぐので、長さもその時によってマチマチで、喋るのが大好きなおとぎの住人たちの物語は長くなりがちでした。
「じゃあ、明日の白雪姫をやってみてくださいよ」
物語の練習です。おとぎの住人たちは「長い」論争はひとまず横に置いておくことにしました。
「練習だ、練習だ」
「みんな物語の練習だぞ」
おとぎの住人たちの物語がはじまります。
あるところに「白雪姫」というそれはとても美しい王女がいました。しかし、王女の継母の女王は自分が一番美しいと思い、魔法の鏡が「女王様が一番美しい」というたびに満足していました。
女王は王女を亡き者にしようと猟師に白雪姫を殺すように命じました。
そんな可哀想なことはできないと、猟師が機転をきかせて白雪姫を逃します。
森の奥で会ったのは7人の小人たち。小人たちと楽しく暮らす白雪姫を魔女は何度も殺そうとします。
毒りんごでやっと倒れた白雪姫に女王はほくそ笑み、小人たちは泣き崩れました。
一方その頃、隣国の王子が国を荒らす7人の盗賊の行方を追っていました。
「ちょっと待って」
「なになに、今いいところなんだけど」
クルクルと踊るように剣技を見せていた王子役がカントクの言葉に止まります。
これから、7つの海を越えて、7つの財宝を集めないといけません。本当は止まっている暇はないのです。
「なんでいきなり王子の冒険譚になってるの?」
「仕方ない。ここまで俺は特にお話に必要ないし、出番を作るならお話を作るしかない」
「それよ、それそれ」
「どれどれ?」
カントクは王子を指差します。
「ここは巻きましょう」
「え?」
「物語が二種類もあると、聞いている人はついていけません」
ただでさえ、前には戻れない語り聞き。物語が長いとなんの話か思い出すのは至難の技です。
「だから、巻きます」
「幕?」
「薪?」
「撒く?」
「どれも違います」
物語を早く進める。それを「巻く」と言うのです。
カントクが掌をパーにして前に出します。
「あと5分。こう、手を広げて出したら」
「はい?」
「めでたしめでたしまで巻きでお願いします」
カントクは言います。短いお話にすれば、最後まで聞ける人が増えるでしょう。
「でも、俺の出番はどうなるの?」
「出番は、なしなし、またあとで」
アリの言葉に王子様はふてくされます。
「そんなの嫌だよ。もっと出たい」
そう言うと、リュートの奥へと隠れてしまいました。
「王子が隠れた!」
「どっかへ行った!」
「もう出てこない!」
皆で宥めても、怒っても、泣いてみせても王子は出てきてくれません。
「わかりました。じゃあ、こうしましょう」
カントクはため息まじりに提案します。
「口付けでお姫様を起こすのです」
「なんてロマンチック!」
「それなら、見せ場もバッチリ」
「いよ、色男!」
もちろん口付けする振りです。でも、王子は悪い気はしません。
「それなら、良いかな」
やっと奥から出てきた王子も交えて、白雪姫の再演です。
毒りんごでやっと倒れた白雪姫に女王はほくそ笑み、小人たちは泣き崩れました。
そこに通りかかった隣国の王子、あまりの白雪姫の美しさに感銘を受け、どうぞ彼女を僕にください、と小人たちに訴えます。
その熱心な願いを聞き入れた小人たちは、眠るように目を瞑る白雪姫を王子に託します。
白百合のごとく咲き誇る頬に手を添え、口付けすると白雪姫は目を覚ましました。
そして、王子とともに皆で幸せに暮らしました。
めでたし、めでたし。
次の日、目を覚ました吟遊詩人が、街中で物語と歌を披露すると、巻きで短くしたおとぎ話は大当たり。
おとぎの住人もカントクも手を叩いて喜び合いました。
そうして、おとぎの住人たちは「巻き」の技術を覚え、今日も吟遊詩人の歌にのせて、物語を紡ぎます。
「あと5分!」
「さあ、巻いて巻いて!」
「めでたしめでたしまで一気にね!」
カントクも今日も声を張り上げます。
そうして、おとぎの住人たちと一緒にいつまでも物語を語り継ぎましたとさ。
めでたし、めでたし。
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