空蝉のネバーランド

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 次の夏、深冬は乗り換えの駅で見つけたからとレモンマドレーヌを携えてやってきた。母は大いに喜び、普段は淹れもしない紅茶でアイスティーを作った。レモンの香りが爽やかでいいねえ、と母と深冬はにこにこ笑って、来年も持ってくるね、と深冬も嬉しそうだった。普段より早く帰宅した父がその光景を見て、夏しか見られないのが惜しいなあと穏やかに微笑んでいた。僕は氷の溶けかけたアイスティーを飲みながら、心の中で頷いた。  深冬は、学校の寮へ戻る日まで、母とビーズ刺繍をやってみたり、父の趣味の畑でとれた野菜を使いピーマンの肉詰めや茄子の揚げ浸しを作っては、花びらを重ねるように笑った。  最後の日、川水で西瓜を冷やしがてら、二人で足だけ浅瀬に入って過ごした。せせらぎに合わせてポニーテールにした深冬の髪が揺れる。ときどき舞う水飛沫に陽の光がきらきら反射するのが、綺麗な石や木片を見つけたと振り向く深冬の瞳にそっくりだった。
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