空蝉のネバーランド

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 電車を乗り継ぎ、誰にも出迎えられない駅に降り立ち、一人で歩いてきた深冬がどんな面持ちで実家の玄関に立ったのか、僕は知らない。けれど、今みたいに笑う瞬間があの家でありはしないことは知ってる。 「帰ろう。ひとまず着替えないと溶けるぞ」  例年通り、深冬は喪服みたいな制服を着ていた。僕の知らない街の学校。真っ黒なワンピースで、襟だけ塗り忘れたように白い。この暑さにも関わらず、黒いカーディガンを上に着て、ボタンをしっかり留めている。ああ、と苦しい気持ちになった。袖の下の、見えない腕が想像できたから。 「母さんがシチュー作るってさ。イカフライも」  喜ぶだろうと思って告げた今夜のメニューに、予想してた表情は返ってこなかった。 「わたし、今日は夜、うちで食べるよ」  それどころか考えもしなかったことを言われて、なんで、とつい思考が直接口を飛び出した。 「帰ってこいって言われてんの?」
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