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冗談じゃない、そんなの冗談じゃない!
「深冬!」
間一髪で掴んだ腕を引き寄せて、抱きしめた。あたたかい。生きてる。それだけの現実がどうしようなく尊かった。荒い息でずるずると深冬を道連れに座り込む。
「……ありがとうで、さよならなんて、言うなよ」
深冬は、萎れた菊の花の奥にいた。おそらくあの日からずっと。僕の腕の中でじっと息をひそめて動かない。じいさんが厚意で今日、手紙を配達してくれなかったらと思うとぞっとする。
深冬の苦手なもの、こわいもの。義母がぶつける溜め息のふりをした叱責、怒鳴り声、寒さ。誰かが不幸になること。
「ごめん。もう待ってるだけじゃない」
こうやって迎えにだって来れるんだ。
「世界の誰が何を言っても、僕が、深冬がただいまって言える場所になる。おかえりって手を引っ張って、ずっと、一生、いるから。だから」
どうせなら僕はあたたかい名前がよかった。そうしたら、僕の名前を口にする度、深冬が少しはあたたかい何かを思い出せたかもしれない。母さんがつくる鮭入りのクリームシチューとイカフライ、篝火に似た焚き火、父さんとした天体観測。
「一緒にいようよ」
深冬はついに、声なき悲鳴をあげて泣き出した。抱えた背中がどんどん熱くなる。この背がどんなに重かったか、僕は深冬の日々を想った。深冬、と呼びかける。何度も何度も。消えないように。僕の温度を分けるように。そうしてやっと、丸まった手が雪が溶けるみたいにゆっくりと、ほどかれた。その手を、絡めて繋ぐ。
夏が、来た。
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