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土と川の水のにおいに混ざって、蛙が鳴いている。蝉が吠えている。いくら気温が殺人的に上昇しても、僕にとっての夏は来ない。僕のスニーカーに小石が当たる感触、深冬のローファーが土埃で曇る不完全さ、道端のバッタが飛び上がって、驚く深冬が僕の手を強く握り返す刹那。生温い風が吹く度に感じる、お互いがまとう線香のにおい。小さなひとつひとつすべてで、初めて夏をすくいとれる。
「あ、ミフユじゃん!」
家まであと少しというところで投げられた声に、今度こそ舌打ちした。タイミングの悪さにうんざりする。せっかくここまで誰にも遭遇せず、深冬が笑っていたのに。青空に浮かぶ今日の雲のかたちをぬいぐるみにしたいと言いながら、片手を晴天にかざしていたのに。
「やべーじゃん、不幸が帰ってきた」
立ち止まった深冬の手の強張りが伝わってくる。畦道の向こうで意地悪い笑い方をする、昔から見知った顔ぶれ。子どもなんて全校生徒が都会の一クラスを満たすかどうかというほどしかいないのに、幼児からなにも中身が成長しない人間ばかり濃縮して集まる。男子も女子も、ここぞとばかりにあちこちからむごいことをより集めて、深冬に投げつける。
「不幸人形が不幸を運ぶぞー!」
「うるせーんだよ!」
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