空蝉のネバーランド

7/20

5人が本棚に入れています
本棚に追加
/20ページ
 深冬が制服姿なのをやっと思い出したのか、母はようやく靴を脱がせ、二階へ続く階段へさあさあと送り出す。そして居間に引っ込んだかと思うと、すぐに必要なものを携えて戻ってきた。 「はい、凉哉」  僕がまさに持ってこようとしていた、救急箱だった。 「覗くなよ、ふーちゃんが出てきてからだよ」 「くだらないこと言ってる自覚ある?」  蓋を閉じていても消毒液のにおいがうっすらと漂う木箱を受けとり、二階へのぼる。階段を踏みしめる度にときどき鳴るきぃと軋む音が、足の裏を伝って僕の骨をも軋ませる。  僕の部屋の隣の、空き部屋。という名の、我が家での深冬の部屋だ。母が買っては年々増える深冬の服や、深冬が外の学校へ行くことになった際、預かった数少ない私物が置いてある。部屋の斜め前で、壁に背をつけてずるずると座り込んだ。ノックをしなくても、僕がいるのは階段をのぼってきた足音で、深冬もわかっている。  着替え終えて出てくるのを、ただ待てばいい。  そう、いつだって待つことしか僕はできていない。深冬が橋を渡って来るのを、夏が来るのを、深冬の痛みが過ぎ去るのを。
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加