空蝉のネバーランド

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 すずちゃん、とドアが開いて深冬が顔を出した。僕が立ち上がって救急箱を見せれば、ばつが悪そうに廊下に出てくる。真っ黒の制服じゃなくて、さっき手をかざしていた空と雲を混ぜた色をしたワンピースを着ていた。こういう、肩とか腕とかが見えて涼しげなやつは、サンドレスっていうものらしい。母が言っていた。白い薄手のカーディガンを肩に羽織っても覗く腕。そこに赤と紫のまだら模様がなければ、手放しで僕もきっと笑いかけた。 「こっち」  僕の部屋に移動して向かい合わせに座ると、深冬は観念したのかカーディガンを脱ぎ、傍らに置いた。全開の窓を通ってときどき届く淡い風鈴の()が、平和な音色とは不釣り合いに傷の痛々しさを際立たせる。深冬はむき出しになった腕の先、ちっちゃな手のひらをぎゅっと膝の上で丸めて、息をひそめていた。その手を、驚かさないように、なるべくそっと持ち上げる。深冬が僕を見た。丸まった手が、ゆっくりとほどけていく。僕はただ、深冬、と名前を呼んで、赤黒い痣や真新しい擦り傷に然るべき手当てをしたけれど、包帯を巻くごとに僕の骨はきぃきぃと軋んだ。
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