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見ると警官らしき男がすぐ横まで近づいてきていた。
警官は190近い体躯の筋肉質な男で、高校生にしてはガタイがよく見えたアツシなど目ではない。アツシの方もそれを分かったのか、チッと舌打ちをしてその場から去っていった。
「危なかったね、お姉さん…いや、円」
そう言われ、ハッと警官の顔を見ると、そこにいたのはだいぶ大人びてはいるが、紛うことなく星野拓也だった。
「たく、、星野くん」
昔の事を思い出していたせいか、つい下の名前で呼びそうになったのを堪える。星野くんは少し寂しそうな顔をして、
「久しぶりじゃん。戻ってきたんだな、元気にしてた?」
と尋ねる。
久々に会った旧友にいきなり愚痴を吐くのもどうかと思い、「元気よ」と答える。
「しっかし、お前の負けん気は相変わらずだな。今時あんなガタイの良いヤンキーに喧嘩売る女なんて初めて見たよ」
そう言うと、星野くんはワハハッと豪快に笑った。
うるさいわね、と円がキッと睨むと、星野くんは「おお怖い」とオーバーに身を震わせるポーズをして笑った。
随分丸くなったものだ。学生時代の意地悪なイメージで止まっていた円は少しむず痒い感じがした。
話が途切れ、流れる気まずい空気を振り払うように円は口を開いた。
「警察官になったんだね」
「あ、ああ。3年くらい企業にいたんだけど、色々考えてやっぱデスクワーク向いてないなって思ってさ。2年前転職したんだよ」
公務員なら給料も安定だしな、と星野くんは微笑む。
転職。考えた事も無かったが確かに選択肢としてはアリだ。辞めてしまうと新しい会社でまた1からやり直しか、とか、名もないこんなブラック企業から転職できる会社なんてあるのか、とか色々考えてしまっていた。何より今の怖い上司に退職届を出す事自体勇気がいる。
しかし、
「前の職場、女性社員が多くてさ。『男なんだから』って再三こき使われるわ、その癖低賃金だわで嫌気がさしてたんだ。でも今は楽しいよ。転職、俺は成功だったかなって思ってる」
と言いニカッと笑った星野くんの目が、本当に幸せそうな光を帯びているのを見て、自分も少し動いてみようかなと思った。
「私も…転職、しよっかな」
「お?なんだ、円もか。先輩が何でも教えてやるからな」
そう言うと、小鼻をぷかっと膨らませながら星野くんは胸を張った。
円は思わずぷっと吹き出す。
「何よ、1回しか転職してないくせに」
「何だと、0と1じゃ全然違うぞ!初めて転職活動始めた時の先の見えない恐怖を、お前は知らない!」
そして2人はまたぎゃあぎゃあと言い合った。懐かしい、昔とちっとも変わらない。
ふと思い出して、
「そういやキョンちゃんとか聡とはまだ連絡とってる?折角地元帰ってきたし会いに行こうかな」
と円が言うと、星野くんはあからさまに気まずそうな顔をする。
そして、
「あー、まぁ京子の方は最近旦那と一軒家建てたけどまだ近所にいるよ。聡は…よく、知らねえ」
と言った。
意外だ、男同士は連絡を取り合っているのかと思いきや、全く知らないなんて。
そう思ったが、自分も大してキョンちゃんと連絡をとっていなかった事を思い出し、そんなもんかと思い直した。
すると星野くんが、
「久々にこうして再開したわけだし、今から一杯飲みにいかねぇか?俺、今日は半日だからもう仕事終わりなんだ」
と誘う。一瞬行こうかと思ったが、手元にあるネギの存在を思い出し、今日はやめにして、明日は1日休みだと言うので明日また会う事にした。
じゃあ、と別れた後は何となく円の心も少しだけ軽くなっていた。
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