02.如月隆之介

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「早かったわね」 「まぁ、大体決めてたし」  リビングに戻ると、嗅ぎ慣れたコーヒーの香りが漂っていた。  真っ白なテーブルの上には、それとは別に焼き菓子が用意されている。昔から俺が好んで食べている店のものだ。 「どれにしたの?」  席に座った俺の前に、ハイブランドのカップとソーサー――カップの中身はブラックコーヒー――を置きながら、母親が足元に置いてある紙袋を覗き込んでくる。 「……いい趣味ね」  隙間から見ただけで、それがどんなものか分かったらしい。彼女はふふ、とどこか含んだような微笑みを浮かべた。 「いい趣味って……片方は母さんが選んだやつだろ」 「だからいい趣味ねって言ったのよ」  俺にぴったりサイズのドレスとワンピース。  そのワンピースの方を選んだのが母さんだ。 「なんだかんだ言いながら、私が選んだの(それ)を着てくれる隆之介(あなた)が好きよ」  言うなり、母さんはふざけるようにウィンクをした。  ばちっと飛んだハートが俺にぶつかり、カップの中に落ちた気がした。 「――あ、そういえばほら。数軒先の萌々ちゃん。覚えてる?」 「あぁ、萌々がなに?」 「大学、特待生で受かったんですって」 「へえ、そうなんだ」 「すごいわよねぇ」  向かいの席に座った母さんが、自分のカップを持ち上げたまま、ほう、と息を吐く。 「……そうだな」  俺は大好きないちご味のフィナンシェを口に放り込みながら、適当に相槌を打った。
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