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「そういえば、久遠寺くんって、いつも自転車……」
「あ、うん。今日はちょっとパンクしちゃって」
(知っててくれたんだ……?)
驚いた。どうしよう、たったそれだけのことがめちゃくちゃ嬉しい。
僕は勝手に緩みそうになる顔をどうにか堪え、誤魔化すように微笑んだ。
言われた通り、僕は普段自転車で通学している。
学校までは数駅の距離があるけれど、運動を兼ねて、と思えばそう難しい距離でもない。
だけど、今朝はその自転車がパンクしていて使えなかった。
だから仕方なく、ラッシュは嫌だなぁと思いながらも電車を使ったんだけど……。
それがまさか、こんな結果を生んでくれるなんて。
同じ車両に君の姿を見つけたとき、僕の心臓は隣の人に伝わってしまうんじゃないかってくらい大きく跳ねた。
それを努めてやり過ごしながら、僕は密やかに感謝した。僕の使い込まれた自転車に向けて、「パンクしてくれてありがとう。どうかそのまましばらくお休みください」って。
「ゆづるー!」
そんな微妙に浮かれた僕を、思いがけない声が正気に引き戻す。
改札を出たところで、死角となっていた方向から突然名前を呼ばれたのだ。
振り返ると、見覚えのある一人の男がこちらへと駆け寄ってくるところだった。
「楓馬……」
思わず呟くと、隣から見上げるような視線を感じた。
それを確認するより先に、彼――神木楓馬――が再び声をかけてくる。
「おはよ」
「あぁ、おはよう」
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