第一章 努力

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第一章 努力

洋介のインスタグラムの投稿頻度は日に日に増えていく。 フォロワーの増加と比例するように承認欲求も増していく。 もっといいねが欲しい..... もっといいねが欲しい..... 二十分に1回は訪れる欲求はもはや誰の手を持ってしても抑えることが出来なかった。 それでもその願いを嘲笑うかのように一向に増加傾向にならなかった。 欲求がストレスに変わっていく瞬間 洋介の精神が蝕まれ始めた。 ゆるキャラの投稿が多数を占めていたはずが この時になると、写真加工アプリでプリクラ以上に盛りまくったとされる自顔写真がほぼ占めるようになった。 大してイケメンでもない人物がまるで自分がイケメンかのように振る舞う投稿ほど痛いものはなく、ナルシスト投稿は受け入れられるはずもなく批判の的を浴びた。 「自分自慢乙〜」 「かっこいいと思ってんの? 鏡見た方がいいと思うよ?笑笑」 似た類いのコメントばかりが目に入ってしまう。 中には見ず知らずの人からの誹謗中傷コメントも並んでいた。 「ブサイクとか言ってるけど そんなコメント打ってる人の性格よりブサイクなものは無いね笑笑 誹謗中傷乙〜」 対抗心が人一倍強い彼はすかさず返信していくと共に投稿の手を緩めることをしない。 唇、目、鼻、眉毛、耳、髪の毛、顎 盛れるところは全て盛り尽くしていた。 お互いクオリティの低い戦争を繰り広げる様に気づかないまま3日間戦い続けていた。 彼のメンタルの頑強さには驚かされるもので遂には誹謗中傷コメントが一掃されたかのようにさっぱりと無くなっていた。 互いのコンセンサスが得られないまま小規模の戦争は集結したのだが、洋介の代償は大きくただでさえ少ないフォロワーが半減してしまった。 普段フォローコメントをするうさぎのキャラクターのアイコンが愛くるしい道子という女性すらもフォローを解除された。 化けの皮が剥がされた事に気づかない洋介は誰でも作れるような冷凍食品に少し手を加えたような料理をさぞ頑張って作った様に自慢する投稿を連発していき虚勢を張り続けた。 「今日はたらこスパゲティを作りました。 味付けに苦労しましたが本格的に作ることが出来ました。 やっぱ料理ってやりがいがあって楽しいなーー! #料理 #本格パスタ っと」 実際には冷凍食品のたらこスパゲティに刻み海苔を散らした簡単な料理である。 今日もいくついいねが来て 沢山フォロワーが増える幻想を抱いていた洋介だったがあるコメントが視野に入った。 「これ冷凍食品をレンジでチンしただけのスパゲティですよね? 私はイタリア料理専門店を営んでいる父の子供なのでこうゆう目利きは得意な方です。 あなたは全くバレないように仕掛けたかもしれませんが料理人の目は誤魔化せないですよ。 もし楽する上に自慢する投稿を続けるのであればあなたを人として軽蔑します。」 料理人の息子やらを名乗る長文コメントに目を焼き付けた。 確かにアイコンはオリーブオイルがずらりと並べたれた写真になっているのだが確証はない。 洋介は誰かがイタズラで書いたものだろうと勘違いを起こしてしまった。 「プロ騙りお疲れーー!! どうせ羨ましいからこんなバカげたコメント打つんだろうー? 恥ずかしいから潔く退いた方が身のためだと思うよー。」 インスタを閉じダラダラとYouTubeでゲーム実況やレース動画などを眺めていた。 「ムッシュ辰巳さんからあなた宛にメッセージが届きました。」 レース終盤直行コースの途中で画面を遮られムッとしながらも迅速にインスタを開いた。 「では納得が行くような証拠をお見せ致します。」 強気なダイレクトメッセージと共に二枚の写真が添付されていた。 どうやら店の名前は「アルペン」というフォッション専門店にありそうな雰囲気である。 しかし厨房は高級なモダンの椅子とテーブルがずらりと並べられており、カウンターの目の前にはペレットがズドンと置かれていた。 どうやら常連客のみ目の前でお肉を焼くサービスが提供されているらしい。 初めは知る人ぞ知る秘境感のあるイタリア料理店だろうと何食わぬ気持ちで検索すると、神奈川県の中で一、二を争うほどの有名店で食べログの評価も四以上を超えの信頼性抜群の誰もが知る名店であった。 オススメはカニクリームパスタで見た目の第一印象からパスタソースの上にこれでもかと言うくらいの解されたカニがパスタを覆い尽くしていた。 その絶品そうな料理に思わず洋介は一目惚れをしいつの間にか涎を垂らしていた。 更に写真の奥には多種類のオリーブオイルがずらりずらりと並べられており、その中の一つがアイコンにされている事に気づいた。 そこでやっと有名イタリア料理店のシェフの息子だという確証がついた。 洋介はビッグな人物に対し何も分かってない人だと勝手に決めつけ威張り散らしていた己の愚行を恥じた。 「す、すいませんでした。 つい文句を言いに来ただけの人と勘違いしてしまって、調子に乗ってしまいました。 まさか有名料理店の息子さんだなんて思わずに大食いを叩いてしまい本当に申し訳ございませんでした。」 文面上ではあっさりと負けを認めているように見えるものの、実際問題はプライドの高さが災いし文字を打ちながらも心の中では怒りと悲哀で埋め尽くされていた。 しかしここでまた反抗し続ければ有名料理店の名声に潰されるに違いない。 今誹謗中傷で訴訟された事件をスマートニュースでこれでもかと見ている洋介が更にいちゃもんをつけて対抗しようとすれば加害者と同じ境遇に立たされてしまう。 倫理観と常識を持ち合わせている洋介は怒りをぐっとこらえて一歩引くことにより和解しようと考えた。 「いえいえそんな謝られても困ります。 実際に一生懸命作られたパスタを冷凍食品だと決めつけようとする私のデリカシーに欠けていただけです。 ところでたらこパスタは手作りだったのですか?」 相手方も一歩引いた形で返信すると、洋介は深くため息をつき安堵した。 「実は冷凍食品に手を加えただけの簡単なパスタでした。 いいね稼ぎをしたい欲求とバレないだろうという油断によって嘘の投稿をしてしまいました。 そんなの良くないと分かっててもどうしてもいいねが欲しくて 褒めて欲しくて.....」 初対面であったが素直な自白と悩みを告白する最大の決心を固めた。 既読が付けられるまでの間 洋介の胸が締め付けられるようにドキドキしていた。 一秒一秒が胸の中でゆっくりと刻まれている感覚に苛まれていく。 二分後少し遅めに既読が付けられ「入力中」という文字が写し出される。 「やはりそうだったのですね あなたの気持ちはよくわかりますよ! 私だって人気になりたいという想いはあります。 しかしあなたは他人の鈍感さを利用して嘘で塗り固められた文章で人気を獲得しようとしました。 確かに一番近道で仲良くなれるかもしれませんが反対に嘘がバレた瞬間一気に信頼は崩壊して今以上に堕ちていくことになります。 そのリスクを考えずに目の前の利益を得ようとした。 それでいいんですか? 他人を欺いてまで獲得した人気は嬉しいのですか?」 「そしてもう一つ言うと人間はあなたが思うほど鈍感では無いと思います。 あくまで自分の意見になりますが、人間は怪しいと思ったら徹底的にメスを入れて調べあげることがあると思います。 例えばサスペンスでも怪しいと思った犯人の動向を刑事さんは必死に調べますよね? それと一緒であなたのパスタ料理が怪しいと思われて瞬間徹底的にレシピを検索する人や根掘り葉掘り聞く人だっているわけです。 結果的に嘘がバレて信頼を失いかねなくなるのです。」 「だからこそ楽をして人気を得るのではなく必死に努力を積み重ねて失敗を繰り返して成功を繰り返した方がいいと思います。 それは簡単に出来ないと思いますがあなたならこの意味を理解してくれるはず.. そうだ! 命令になってしまって悪いのですが自分の成長日記を書いてみてはいかがでしょうか? 毎日じゃなくて構わないですから、人生のターニングポイントになった時に書くとかしたりして成長を楽しむのもいいと思います! そして今すぐ投稿を取り消してまたありのまままの自分を映し出した投稿をしてみてください。 健闘を祈ります!」 この男は一体何者なのか? 初対面の洋介に対し心理学の先生のように専門的かつ長文で真面なアドバイスをダイレクトメッセージ内で繰り広げている。 更には洋介の思惑でさえ読み切ってそれに合ったアドバイスをしている。 イタリア料理店の息子がプロの心理士以上の才能を発揮していることに驚嘆した しかし同時にこの文章は洋介のプライドを大きく傷つけられるものでもあった。 明らかな上から目線で書かれた文章 初対面の人物に命令される屈辱 冷静を装いながらも拳を作っていた。 洋介は従順に命令に従い投稿を取り消した。 そして自分への諦めと料理人の息子に対する反抗心から、この日をきっかけに洋介の投稿はぱったりと消えていった。 洋介は百均でノートを物色していた。 あれだけプライドを傷つけられた悔しさに苛まれていたはずなのに、結局は命令どおりに動いてしまう歯がゆさを噛み締める洋介 ピカチュウのノートを強請る子供たちを尻目に無地の三枚入りノートを購入する。 自分の部屋へ戻ると洋介の優先順位ランキング一位にスマホを下して成長日記が輝いた。 毎日書くつもりではない、ただ人生のターニングポイント毎に記すつもりで購入したのでノート1冊の出番はないと自分で確定付けしていた。 洋介が選んだ最初のターニングポイントは 成長日記を書くきっかけをくれたあのイタリア料理店の息子だった。 「3月27日 楽しようとする恐怖を知った日」 「今まで自分が人気者になろうとカッコつけたり 強がったりしていた。 挙句の果てにはこの日は嘘のコメントまでして名声を勝ち取ろうとした。 正直 手作りだと騙されて 料理男子と惚れられて フォロワーが増えて モテるシナリオでいたつもりだった。 しかし現実は理想とは真逆のことが起きた。 イタリア料理店の息子にあえなく見破られてしまった。 上から目線の口調で勝ち誇ったようなことを喋って初めはムッとした。 でも今考えてみれば彼のいった言葉の重みを感じた。 インスタグラムだけでなく芸能界 スポーツ界で人気を勝ち取れる人は努力と失敗を積み重ね掴んだ栄光だと思うようになった。 元々人脈が多くインスタグラムのフォロワーが初めから多い人もいるけど、その人だって自ら発信してコミュニケーションをとって得られた人脈だからこそ人気に繋がると思う。 アインシュタインが言った言葉にこんな名言がある。 「天才とは努力する凡才のことである。」 人気者や成功者などの天才のなかで楽をしたり卑怯な手段を使ったりしてのし上がった人など存在しない。 存在したとしてもいずれ評判が落ちる。 社会においても脱税や詐欺など楽をして金儲けを試みたものは皆手口が明らかにされマスメディアによって世間の冷ややかな目を浴びる。 実際に私も騙そうとして人脈をえようとした。 しかしそれは一時的なものでありバレてしまった瞬間悪党の称号を得て居場所をなくしてしまう恐れがある。 そんな当たり前のことを初対面の人物によって教えられた。 当たり前とは言うものの本能的に楽をしようと働いてしまうと努力する大切さを忘れてしまう。 努力しても報われない 努力したって結果が伴わない それなら楽をしよう! そんな風に思っては過去の自分へ ~努力しても今は報われないかもしれない でも成功者はその場で報われない努力を積み重ね栄光を掴み取っている。 だから自分の限界を迎えない程度に努力をしてみようか~」
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