第二章 概念

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第二章 概念

インスタの投稿をやめて一週間が経過した。 いよいよ高校の入学式 クラスの中に中学時代の同級生は一人も存在しないいわば気分も環境も一掃するスタートとなった。 陽気な母の車でゆったりとしたバラードを聞きながら気持ちを落ち着かせるものの目印としていたドン・キホーテが近づくといっそう緊張感が高まってしまう。 「いよいよだね、洋介。 緊張すると思うけど胸張って頑張りなよ!」 「頑張って来るよ、じゃあね!」 優しい母の笑顔に見守られながらいよいよ初めて校門を跨いだ。 中学時代の友人と歩く生徒たちの姿も見られたが、大抵は一人でクラスルームへ向かう輝いたピカピカの制服を身に纏う生徒の姿が多数を占めていた。 新しい高校は地元では珍しい平成以降に設立された比較的年数が若い学校ではあるが、市内で一 二を争う程の生徒数を誇っている言わばスーパールーキーとも言える存在である。 未だに煌びやかな雰囲気を保つ玄関を通り過ぎ必死に案内板で一年五組の教室を探し回っていた。 「一年五組をお探しでしたか?」 「はいそうです!」 「ならばこちらを真っ直ぐ行けば自販機の隣にエレベーターがありますのでこちらから行くと近いですよ! 案内しますね。」 若い女性に言われるがままついて行くと女性の言った通り確かにエレベーターがあった。 現代チックな高校に感心しながら三階のボタンに手を伸ばす。 胸をさらにドキドキさせながらエレベーターに揺られていく洋介。 クラスメイトの存在が気になって仕方がない。 エレベーターを降りてすぐに角を曲がると一年五組を見つけたが、中には三人バラバラの席に散らばっているだけである。 その三人はいかにも洋介と似たようなオーラを解き放っており、出会って数秒間から親近感が湧いて言った。 「高校生活はクラスメイトと仲良くなって楽しい生活を送れそうだ!」 ポーカーフェイスを貫いていたものの内面では激しくガッツポーズをしている。 席は一番前と目立ってしまう位置ではあったもののゆとりを持って過ごすことが出来ると推論づけている。 ピカピカとした机に置かれていたプリントを眺めていると続々と生徒がやってくる。 見ると全員男子で室内は学ランで埋め尽くされていた。 もうひとつの楽しみである女子に期待を抱いていたばかりに虫酸が走ってしまう。 席の半分が男子で埋まる頃 女性の声がエレベーター側から響く。 それも一人ではなく四人以上はいる女子で声質だけで陽キャだとわかるほどの騒ぎ声だ。 「一年五組ってここじゃね?」 四人とも同じクラスだと知ると嬉しさ半分悲しさ半分というなんとも言えない微妙な感触に蝕まれていた。 確かに女子が四人一斉に来てラッキーなのだが、洋介の理想とは月とすっぽんのようにかけ離れて閉まっている。 ワガママではあるが素直に喜ぶことは出来なかった。 「おはようーみんなこれから宜しくね 中山 一美って言います。 仲良くしてね〜」 「いきなり自己紹介 マジかよ」 軽く会釈を交わすものの中山という女子の積極さに呆気を取られていた。 他の三人も中山に続いて自己紹介を始める。 インテリ系眼鏡の 山村道子 季節に合わない黒タイツを履く 川村 夏海 四人の中では比較的静かな 中田穂乃香 初対面ですぐに自己紹介をし出す積極性など洋介には持ち合わせているはずなどなく、割に合わないと自分でランク付けをする。 しかし陽キャガールズの一人川村が洋介の隣の席に座ると早速自己紹介を求めてきた。 「松田 洋介っていいます。 こ、こ、これからよろしくお願いします、す。」 慌てた洋介は挙動不審になりながらも軽い自己紹介をする。 「宜しくね松田くん。 気軽に接してね!」 川村さんはそう言うものの中学時代にコミュニケーショが培われなかった洋介には、ぶっつけ本番いきなり気軽に接する事など到底無理難題の課題に過ぎなかった。 「よ、宜しくね!」 皆にジロジロと見られてる不安感に襲われ始めた。 チラッと後ろを振り向くと視線をいきなり変え始めてニヤニヤする男子がいる。 「やっぱり そうだよな」 自分の事が可笑しいと思われているという被害妄想を初日から味わうこととなった。 更に五人の女子が入るものの洋介にとってはどの人もピントはしなかった。 残り三人の空席になった所 ある女性が静かに室内へ入る。 ガラガラ....... ドアの開け方からして既に洋介タイプの清楚な女性を匂わせる。 目をパッチリとさせながら座席を確認していく大和撫子風の女性。 ヘアピンやマニュキア ペディキュアのような装飾品を一切せず最低限の化粧で施されてるナチュラルさが更に洋介の好感度を上げる。 残っている席は三つ その中に洋介の丁度後ろ側の席が含まれている。 プリント配りやテストの出題試合の妄想が浮かんでいき思わずにやけてしまう洋介 彼女が洋介の目の前を通る しかし後ろの空席もスルーされ真反対の廊下側へと着席した 三分の一の賭けに敗れた男は椿オイルシャンプーの匂いを感じながら机に平伏す。 「なんだよ、期待外れだったじゃん。」 洋介の淡い期待は持ち越された。 とは言うものの人見知りの洋介にとって女子と会話を交わすこと自体至難の業であることを自覚している。 ましてや隣が陽キャの女子であることさえ拷問なのにわざわざ後ろにいる女子に話しかけるなどもってのほかである。 勝手な持論を展開していくうちに顔を上げると皆揃っていた。 振り返ると体格のいいラグビー部風の男子が席に着いていたが、洋介の期待にそぐわない様で心の中では早くも席替えの欲求が湧く。 教室内では暫くの沈黙が流れているのに隣の川村が小声で話してる。 「みんな喋らないけどどうしたの?」 「初対面だし牽制しあってんじゃない?」「えーなんでぇーそんな駆け引きするぐらいなら皆でワイワイ話した方が打ち解けるじゃん。 松田くんもそう思わない?」 「う、うーーーーん、ん そ、そうだね」 こうして話してる最中にも視線が集まっている気配がする。 初日からこんなジレンマを抱えることなど望んですらない。 川村の積極性に頭を悩まされるなど誰が想像しただろうか。 まさに陰キャ男子には苦い高校デビューとなった。 ガラガラガラガラ..... 「皆さんおはようございます。 本日から一年五組の担任を担当させていただきます。 地歴公民担任の中田 康二と言います。 宜しくお願いします。 早速ですがこれから三年間一緒に過ごす君達のことを知りたいので点呼を取りながら名前を覚えていこうかと思います。 名前を呼ばれたら元気な声で挨拶してください。」 「赤井 秀次君 」 「はい!」 「赤坂 翔平君」 「はーい」 ......... 「秋元 美幸さん」「はい.....」 「彼女の名前は秋元 美幸か.... 最初は秋元さんって呼んでその後はあきもっちゃん いやみゆきさんの方がまだ無難かもしれない.....」 必死に呼び方脳内検索を作動させ洋介 点呼は二の次となりやがて脳内から抹消されていく。 「松田 洋介くん」 「あ、はい!!」 「ハハハハハ」 思わぬ不意打ちで中学時代に出さなかった室内に響き渡るような声を出してしまった。 初日から笑われてしまった洋介はまたも机とにらめっこをした。 「和田 純一」 「はい」 「これで全員ですね! これから皆さん三年間クラス替えなしでずっと同じ仲間とすごして行きます。 中には中学校からの友達の子もいるとは思いますが殆どは初対面の子ばかりでしょう。 なので今日始業式が終わったあと皆さんで自己紹介をしてもらおうと思います。 しかしただの自己紹介ではありません。 詳しい話はまた後で話します! この後は始業式なのでトイレに行きたい人は早めに行ってきてください。 ただ場所がわからない子もいるだろうからその時は気軽に声をかけてください案内します。 では皆さん出席番号順三列になって並んでください。」 ドンドンドンドンドンドン ガサガサガサガサガサ 改めて列になってみると人数の多さを思い知らされると共に高校生活のスタート台に立たされたことをひどく実感した。 先輩方の盛大な拍手 吹奏楽部の演奏に見送られながらゆっくりと花道を歩いていく。 緊張の汗を垂らしながら歩く洋介 しかし脳内で浮上したのは自己紹介の県である。 自分の第一印象を定着させる一大イベントでしくじろうものなら理想通りの学校生活から程遠くなる。 ふざけようものならからかいのターゲットに 真面目過ぎようものなら陰キャ代表に まさに絶妙な匙加減が難しい正解のない問題提起を迫られている。 校長挨拶 校歌斉唱を軽く流していきながら自己紹介を重んじた。 しかし時間は待ってくれないもので、長いと感じていた始業式があっという間に終了し洋介の考えがまとまらないままクラスへ戻る。 「皆さん お疲れ様でした。 今日はこの後自己紹介と学校紹介を簡潔にした後帰宅になります。 では皆さんにプリントを配ります。」 「自己紹介で皆のことを知ろう!」 「皆にプリントが渡ったかな? これから皆さんには自己紹介をしてもらうのですがただの自己紹介ではありません。 初めに隣の人とペアになって七分間お互いのことを話し合ってメモしてください。 その後ペア同士で相手のことを紹介してください! ちなみに発表時間は二分間を目処に行いますので皆もその時間を目指すように頑張って下さい。 それでは始めて下さい。」 初日から過酷な事を要求し出す担任 そしてよりによって相手は川村である。 今後のペアワークもずっと川村とやるのだと想像すると悪寒がしてしまう。 「松田くん 趣味は何?」 「好きな芸能人は誰?」 「過去に付き合ったことある?」 やはり主導権を川村が握ると遠慮なくグイグイと質問を繰り返してゆく。 挙句の果てには恋愛経験までもを聞き出す初対面とは思えない質問が飛び出す。 「デリカシーを知らないのか?」 洋介も呆れながらもちょこちょこと相槌程度に質問を繰り出すのだが、帰ってくるのはどれも抽象的な野暮な回答で洋介の質問を遮るようにまたもや自分のターンにしてしまう。 気づけば川村のプリントの半分程は回答で埋め尽くされていた。 一方洋介のプリントはと言うと端的な回答が返って来ないせいで箇条書きのみのメモで埋め尽くされていた。 洋介が一分間説明したとすると川村は五分は軽々超えるような発表になってしまうことを危惧する。 「ちゃんと 二分で収められますか?」 「大丈夫だってこの夏海にお任せして! 後、気を遣ってるみたいだから敬語使うのやめてね お互いタメで馴れ馴れしくしよ!」 「チッ 本当に初対面なのかよ.....」 陰キャの洋介にとって陽キャが過ぎる川村は段々とストレッサーになりつつあった。 しかし川村は二分で収められると豪語しているのでここは川村に乗っかって発表する事に決めた。 「話し合いタイム終了 皆さん初対面だったと思うけど積極的に質問してくれて安心しました。 では、1番左の赤井 大野ペアから発表を始めて下さい。」 「はい!!」 トップバッターを基本として脳内練習を実践する試みを企んだものの、重圧に耐えきれなかったのかカミカミでほぼ何を言っているのか聞き取れない。 「トップバッターだもんなぁー」 上から俯瞰する洋介の顔にはまだ笑みが溢れている。 しかし次もその次のペアもトップバッターと似たような紹介で参考にするには程遠い出来栄えだった。 「次は松田 川村ペア 発表を始めてください。」 「はい!!」 先程の余裕が嘘かのように洋介の額には汗が滲んでいた。 しかし川村は今までのペアとは比べ物にならない程の堂々とした姿勢で直立している。 「え、えーと、隣にいる方は川村 夏海さんです。 趣味は料理で週に三回以上はインスタグラムに手料理を投稿しているらしく、得意料理はカルボナーラと親子丼らしいです。 また宝塚が好きで毎日公演動画を見ているほどハマっているらしく、大人らしい趣味をお持ちの方だなと感じました。」 「隣にいる子は 松田洋介くんです。 湾岸中学という市内で有数の名門校出身でかなり頭が良くて好きな芸能人もインテリ系の方らしいです。 趣味も頭脳系かなと思ったのですが、意外にもドラゴンクエストにハマってるそうでRPGやゲーム好きという意外な一面も持っています。 思い切って恋愛経験についても聞いてみたのですが、只今募集中なそうなのでテスト勉強など教えて貰って切磋琢磨していくうちに仲良くしていきたいなと思いました。 皆さんもテストに悩みを持ったら松田くんに聞いてみてはいかがでしょうか? 以上で私達の発表を終わります!」 パチパチパチパチパチパチパチパチ 「ありがとうございました! かなり具体的に松田くんの事を知ることが出来て私も良かったなと思いました。」 今までにない盛大な拍手で私達の発表は幕を閉じた。 何といっても川村のプレゼン力が輝きを放っていた。 今まで余計だと思ってた質問も私のアピールポイントの為の伏線だと思うと反対に感銘を受ける。 完璧に近い紹介構成だけでなく、怖気づかないで堂々と発表するメンタルや原稿に無い話題をも話すアドリブ力 まさに彼女のおかげで発表は大成功に終わったと言っても過言では無いだろう。 「す、凄いですね。 正直同じように緊張するのかと思ったらあんなにスラスラと発表出来るなんて!」 「なーにどうって事ないですよ! 皆に松田っちのポテンシャルを知ってもらうために頑張っただけだよ! でも発表緊張したけど上手くいってよかったね。 いぇーい。」 パンッ.....! 高校生活で初めてハイタッチを更に女子相手との付加価値付きで。 ポーカーフェイスを貫くつもりであった洋介に思わず照れが生じてしまった。 この後の発表は安心して見ることは出来たが、やはり川村の発表に勝るものは現れなかった。 つい前までは川村に疑心暗鬼の目を向けて嫌悪感ばかりを抱いていたが、今となってはポジティブで最高傑作のプレゼンをする優秀なデザイナーのような評価を洋介なりに下していた。 「以上で自己紹介を終了します。 何度も言いますがこれから三年間の仲間として共に切磋琢磨していましょう! 明日は我が校の説明とガイダンスについてお話します。 持ち物は筆記用具だけで構いません。 ではお疲れ様でした! また明日!」あっさりと初日が終わる。 洋介は今日の出来事を母に報告したい一心で我武者羅に走る。 「ただいま! 今日とっても楽しかったさ」 童心に帰ったかのように自慢をする洋介 「いつもの洋介より元気じゃないの? 何かあったの?」 「最初はめちゃくちゃ不安だったけど隣の女子がめちゃくちゃ面白かったし秀才な感じがした。.....」 道中永遠と川村の話を展開していく。 その表情は無邪気な五歳児のようにずっとずっと自慢気の笑顔で話していた。 「そうか良かったわね これから頑張れそう??」 「もちろん! 中学校生活とはまた違う新たなスタートがきれたって感じ!」 家に着くと作り置きのカルボナーラの美味しそうな匂いが充満していて、洋介はその匂いにつられて真っ先にカルボナーラを頬張った。 料理店を営む母に作れないレシピなど存在するはずがないと我が息子なら豪語している。 丁度有給を取っている母だったがいつもは昼に手作り料理を食べられる機会は滅多に無く、洋介は久しぶりの手料理を噛み締めながら啜って言った。 そのまま眠りにつくと思いきや成長ノートを真っ先に取りだした。 「4月1日 固定概念を捨てようと決心した日」 「アップルとは、既成概念の外で思考できる人々のことだ。」 「スティーブ・ジョブズの名言を調べてみた。 今使用しているスマホもアップルでありスティーブ・ジョブズがいなければこの便利さは存在し得ないだろう。 そんな大成功の裏には数々の失敗があって掴み取った栄光である事を知った。 そして更に常識を打ち破った上での成功だということも学んだ。 自分と照らし合わせてみるとら初めは川村に対して陽キャのレッテルだけで嫌悪感を抱いてばかりで心を開こうとしなかった。 彼女から話しかけられても素っ気ない返事で返してたし、質問タイムでもどこかに不満を抱きながら渋々と答えていた。 だからこそ私は彼女が陽キャに属している固定概念から抜け出せず会わないと決めつけていたのかもしれない。 しかしその固定概念は自己紹介によって綺麗に打ち砕されて言った。 バカだと勝手にランク付けていた彼女の発表は誰よりもNo.1で考えられた構成と驚異的なアドリブ力を持ち合わせた天才だった。 その瞬間百八十度彼女の見る目が変わり今ではもっと彼女の素性を知りたい好奇心にまで狩られている。 「人は見た目で判断してはいけない。」 まさにその通りでだと痛感すると、見下していた自分が愚かに感じるようになった。 だからこれからはあの女子五人組を筆頭に毛嫌いなんかせずに積極的に関わりを深めようと決心した。 ~日常生活でもこれが常識だからその通りにやりなさいと古い習慣に固着し新しい考えを否定する人も大勢いるだろう。 確かに普通通りにやれば失敗はしないだろう 、しかし成功者は常識を捨てて新たな考えを自ら創り出すことによって革新的な発明や成功を手に入れている。 常識を討ち破ることは九割の失敗のリスクを背負う代わりに一割の忘れられない栄光を掴み取るチャンスでもある。 もしかしたら今日常的に使っている製品も常識をうち破れば便利性に歓び未来の日常品に変わるかもしれない。 日常は常識を打ち破った過去の連続である~」
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