序章 日常

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序章 日常

「今日もインスタのいいね一桁か〜」 お世辞でもイケメンとは言い難い彼は今日も虫酸が走りそうな顔でツイートを嘆いていた。 彼の名前は松田 洋介 2週間前に名門「湾岸中学」を卒業したばかりで今は新たなスクールライフの準備期間真っ盛りである。 しかし洋介は充実した中学校生活を送ることが出来ていなかったことを反省している。 クラスで目立つことの出来ない空気的存在 苦手なスポーツで馬鹿にされる日々 週三程度でしか女子に話しかけられない時 掘れば掘るほど出てくるまさに陰キャと言われる存在のオンパレードである。 だからこそ卒業式で泣き喚いた生徒の中でたった一人だけ心待ちにしていた洋介だった。 一刻も早く陽キャと言われる存在になりたくて卒業後すぐにInstagramを始めた。 ...... この流行語の並に乗ろうと投稿をし続けてみたものの フォロワーは一向に増えないばかりかいいねも満足に貰えない。 挙句の果てにはこの前の投稿した友人との2ショット写真に対し 「盛るのに必死すぎて草生える」 と血も涙もないようなコメントが付けられるばかり。 それでも必死にいいねを貰おうと試行錯誤を繰り返してみるものの、最終的にはカップルがいかにもラブラブアピールをしている投稿に嫉妬を覚えてしまう繰り返しである。 「今日は友達とゲームセンターandカラオケなう!!」 散々馬鹿にされたのにも関わらず性懲りも無く顔を盛った投稿を繰り返す洋介。 覚えたての最新言葉を使うおまけ付きで..... 彼にとっては一大イベントのインスタ投稿を終えると、UFOキャッチャーだけを只管プレイしていた。 しかも可愛いぬいぐるみやゆるキャラグッズに絞り込んでいる。 なんと洋介はゆるキャラを獲得すると同時にインスタに投稿して映えを狙う目論見があったのである。 もはや彼の魂胆は自分自身の人気獲得であり友人は二の次となっていたのだ。 「洋介ってぬいぐるみ好きだったんだね! なんか意外だねー!」 「まぁ皆にもよくそう言われるね。 特にゆるキャラのぬいぐるみは癒されるから集めてるんだよね!」 当然のように嘘をつきその場を取り繕った。 しかし洋介の思いとは裏腹に中々景品をゲットすることが出来ない。 どんどんと千円札が吸い込まれていき、次第に洋介に苛立ちが募りだしていたのか不機嫌そうな態度が表情から出ていた。 結局この日はぬいぐるみは一切取れず、比較的優しめのお菓子や友人の好きな有名アニメのフィギュアが取れたのみで洋介の努力もあえなく徒労に終わった。 お金を散財した洋介であったがそのまま三階のカラオケへと向かった。 友人は待ちに待ったと言わんばかりに階段をスイスイと駆け上がるが洋介だけは乗り気になっていなかった。 UFOキャッチャーの遺恨が足取りを重くさせていた。 「洋介 早く早く!」 友人に急かされながら一気に階段を駆け上がり受付を済ませ部屋へはいる。 いち早くマイクをセットする友人とは対称的にドリンクメニューをじっと眺めている。 「洋介俺コーラ飲むわ頼んでおいて!」 採点画面が映される中、早速歌いだしていた。 洋介は画面には脇目も振らずドリンクメニューを未だに眺めている。 やっと選んだのはカルピス そんな悩むことかと自分でツッコミを入れると注文に入る。 同時に曲はサビに差し掛かっていた。 洋介は急いで選曲をするものの優柔不断の性格が災いし検索画面を右往左往するばかり 曲が終わり採点画面へ入ったと同時にセレクトが完了していた。 なんと選んでいたのは演歌だった。 とりわけ演歌を歌いたかった訳では無いのだが、焦燥感から思わずリストに表示されていた演歌が目に入りついつい選曲してしまった。 「うわー 95点かぁーちょっと調子悪いなぁ」 特にバラードが得意な友人は当たり前のように九十五点以上出していき時には百点を叩き出すことも度々あった。 そんな事だからいつも95点では満足いかないようで点数の低さを嘆いている。 洋介にとってはかなりの高得点とも言える点数 だからこそ、友人の後に歌うと余計にハードルが上がってしまうのでいつも洋介から歌っていたのだが、今日ばかりはもたついてしまったせいで二番目に歌う羽目になった。 「一曲目から演歌なんて洋介珍しいなぁ」 腑に落ちない表情の洋介を食い気味に笑いながら茶化す友人 更にムッとした表情でイントロが始まる。 サビを歌う中で選曲を終えた友人が当然のようにスマホをいじり出す。 洋介を見下すかのように高得点を期待していないような表情でじっとスマホの画面を見続けている。 そんな友人の姿を目の当たりにして完全に歌唱意欲を無くし演奏終了ボタンをしたその瞬間 ピンポーーン 「 失礼しまーすこちらコーラとカルピスになります! ごゆっくりどうぞ」 絵に書いたようなベストタイミングでドリンクが届いたのでそのまま歌い続けざるを得なくなった洋介 音程は安定していたものの加点を稼ぐことが出来ず八十八点に沈んでしまった。 「おーまぁまぁ良かったよ」 聞いていなかったはずの友人のわかりきったフォローがさらに虚しくさせてしまった。 「あーあ いつもいいよな高得点出せて 本当に羨ましいよ」 不貞腐れた口調で喋ると一気にカルピスを飲み干していた。 友人は形振り構わず既に自分の世界へとのめり込んでいた。 マイクを使わなくても響くのではないかと錯覚させる程の声量で歌いビブラート コブシを当たり前のように連発させる歌唱。 ミリオンヒットをたたきだした歌手よりも点数が取れる可能性があると言っても過言ではない。 気持ちよく歌った友人は九十八点を叩き出しやっと満足したような表情でコーラに手をつける。 コーラを飲む時にアヒル口になる姿に愛着が湧いてくる。 2人で交互に歌ううちに3時間が経過しようとしていた。 洋介はボーカロイドやアニメソング中心に歌い 友人はドラマヒット曲やバラードで洋介を酔わせていた。 この日は百点を叩出した光景は見られなかったものの九十九点以上を二度出している為まずまずと言ったところのようだ。 急いでマイクを所定の位置にしまい洋風が漂うオシャレなカラオケルームをあとにした。 「いや〜楽しかったなぁー」 「お、おぅ楽しかったな」 実質友人は心の底から楽しめたようだが洋介は未だにUFOキャッチャーの件を引きずり大満足とは行かなかった。 割り勘で会計を済ませ建物内を出る。 外はもう真っ暗で空を見上げると少しかけた月を見ることが出来た。 薄寒いそよ風に吹かれながら歩く。 「もう冬も終わりだな」 「そうだな、同時にもう少しで高校生活がスタートするな! 洋ちゃんはどんな高校生活送りたい?」 「そうだなぁーうーんとね とりあえず中学校生活と違って明るく振舞っていきたいなぁ 中学生の時はあまり目立つ存在じゃなかったから中々馴染めずにそのまま卒業してしまったから後悔を残したままなんだよね だから後悔を残さぬように積極的にコミュニケーション取れたらいいなって思ってる。」 「そうか、真面目なところが洋ちゃんらしいなー でも俺はそんな洋ちゃんが好きだぜ! なんというのかな? 無理に気取らないで周りに流されないで自分の意見をしっかり持つ事が出来るって言うのかな。 まぁ純粋なところが好きって訳さ! だから違うクラスになっても純粋な洋介のままでいて欲しいってのが俺の願いかな。」 「辞めろよーー なんか恥ずかしいわ」 ツッコミを入れるものの内心洋介は本当に照れていて、顔が薄ピンクになるように火照っていた。 普段から直接褒められることが少ないので承認欲求が満たされない不満があるのにも関わらずにいざ褒められると否定してしまう悪い癖が出てしまう。 それでも友人は洋介のさに惹かれているのだから不思議で仕方がなく、洋介は自ら自問自答していた。 暫くアンパンマンの頬の様に顔を赤らめていると友人に顔の赤さを若干茶化されムッとしてしまった。 ムッとした洋介の顔はさらに赤くなり採れたて直前のオレンジトマトの様にまで赤みを増していた。 その顔を見る友人はツボに入ったのか爆笑の渦に巻き込まれていた。 友人に笑われ顔が赤くなる洋介のループが暫く続いていた。 もしかすればこれが友人が好む自然のままの洋介かもしれない。 ~この小説を読みここまで辿り着いた皆へ~ 中学校生活を終えインスタグラムに熱中する洋介と顔を赤らめていく洋介 どちらが愉快で楽しそうに見えるだろうか? 人それぞれの感性がありどちらかが正しいとは言えないが恐らく大多数の者は二番目の洋介が楽しそうに見えただろう。 ではその違いはどこにあるのだろうか? 自分が輝こうとしているかありのままの自分を開示しているのかの違いだろう。 自分が目立とうとしてツイッターやインスタグラムで虚勢を張ろうとしても中々高評価を得られないものである。 自分の評価と他人の評価にはどうしても食い違いが生じてしまう。 自己満足しても他人に響かないこともあるし 他人が満足しても自分は何かパッとしない事がある。 しかしありのままの自分を晒す時はどうだろうか? 個人的な意見に過ぎないがありのままの姿の方が分け隔てなく接することが出来るし疑心暗鬼になることも無いだろう。 「自分を良く見せようと努力する そうではなくてありのままの自分を開示していくことを努力する」 そうすることによって人間関係が築かれ保たれていくのではないのだろうか。 この物語は冴えない青年洋介が様々な人物と触れ合うことによって自分を見つめ直すきっかけになる少しありきたりな内容となっている。 そして洋介が変化していく様を見守ってあげて頂きたい。 ~これから始まる新たな物語へ出発
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