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キャンプ初日、合宿開始時刻06:00。
どうにかここまでこぎ着けた、その思いだけだった。
サンライズは班の真ん中、正確には4番目を、二十キロ余のリュックを担いで一歩一歩山道を踏みしめながら歩いていた。
彼の前にはまず副リーダーのギガンテ、通信長のホーク、ヤルタと並んでいる。サンライズの後ろにはメントス、そしてリーダーのベイカーが付いていた。
ヤルタを除いては、みなサンライズより頭一つは背が高い。メガネのいじめられっ子二人を守って歩くガキ大将軍団みたいだ。
ヤルタは相変わらず、ごつい腕時計を身に着けている。ベルトは野外用に取り換えたようで、それなりにしっくりとなじんでいるようだ。それでも、
「戦死したときの遺品にぴったりだよな」
とギガンテに笑われ、少しむっとしたように口を尖らせていた。
しかしそれでも実際に合宿に入ってみると、今までの心配が嘘のように、心が晴れやかになった。
やはり小鳥のさえずりに満ちた涼やかな外気にさらされているおかげだろうか?
それとも合宿前にそれなりにメンバーとも食事をする機会もあったからだろうか?
一度は飲み会もあって、サンライズは運悪くギガンテの隣だったが、彼は最初の印象よりかはあまり荒れた様子もなく、サンライズは心の中でほっと安堵の吐息をもらした(ただ、やたらと肩をたたかれるのには参った、去年撃たれた場所がようやくふさがったと言うのに)。
それに、凶暴だと言ってもあれは心の奥底での情景に過ぎない、本当に彼が誰かの首を絞めようとしたわけではないのだ、サンライズは何度も自分に言い聞かせていた。
彼ら04班は、山の北側から山頂を目指すルートをとることになっていた。
01班が南、02班が東、03班が西からそれぞれ山頂へと登る。くじ引きで決まったルートだった。
初日の日中については、いたって平和とも言えた。
他班との進行ルートがお互いに離れているために、翌日午前中までは、まず敵に出遭う心配はない。
戦う相手は、もっぱら徐々に増すむし暑さとヤブ蚊、重い荷物くらいのものだった。
「01班と隣り合わせにならなくてよかったな」
夜半に入り、最初のキャンプ地にて。
ベイカーがヘルメットに引っかかったゴミをとりながらほっとひと息ついて言った。
一晩目は、暗黙の了解でたき火も許されている。
飯盒などはないので、みな手近な竹藪から太い竹を切り出し、沢の水でといだ米を入れてそのままたき火にくべて暖かいメシを作って食べていた。
煙草すら出しているメンバーもいる。
そこまで用意のなかったサンライズは、ホークから一本もらい、おき火に先を近づけた。
つかの間の、静かな時間が流れる。
ベイカーは珈琲をすすってから、思い出すように口を開いた。
「01班……あそこのリーダー、若いのに、けっこうやり手でね」
サンライズは耳をそばだてる。
01班はなぜか立候補者が出ず、くじでリーダーを決めたと聞いていた。
そして、選ばれたのがローズマリーだった。
ギガンテが相槌を打った。
「そうそう……ヤツは、確か元カイホだったよな」
えっ? ホストじゃなくて?
「オマエ、仲良いんじゃなかったっけ?」
ギガンテに急に聞かれ、サンライズは煙草の煙をおかしな所に吸い込んでむせてしまった。
「あの男の弱点は何だ?」
「い、いえ特には」
何か売るようでイヤだなあ。でも今はこの人たちが仲間だし。
「強いて言えば……オンナに弱い、くらい?」
「ならオレもだ」
ホークが屈託なく笑う。「ギガもそうだよな~」
「なこた、ねえよ」
ギガンテ、そう言いながらも笑っている。
後で聞いたが、この二人は入局の同期で、新米の頃に同じチームで研修をしたのだそうだ。
「メントスも?」
何かの草の茎をかじっていたメントスは、「まあね」と言ってぺっと噛み滓を吐き出した。
「ヤルタ、オマエもそうなのか?」
とギガンテに聞かれ、ヤルタは少しむっとしたように
「特に困ったことはありません」
とだけ答えた。
「サンライズ」
なんだこれは学級会か? ギガンテはにやにやしている。
「オマエみたいなおとなしそうなのが案外、ブイブイ言わしてんだろうな」
「そんなことないっスよ」
ごく軽い口調で彼はそう応えた。
ベイカーなら、彼が既婚者だと知っているのでは? 合宿用の履歴には書いていなかったが、あのスキャンの映像が正しいのならば、彼はもう少し詳しい個人調書を見ていたはずだから。
しかし、ベイカーは賢明にも何も口を挟まなかった。
「リーダーは?」
ホークにふられ、ベイカーはまぶしそうに笑ってから
「オンナには、敵わないな」軽く、そう言った。
ちょっとした間の取り方に、特定の女性を想った節があって、サンライズは少しひっかかった。
こんなに冷静そうな人でも女性に振り回されることがあるのだろうか?
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