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今回の合宿の舞台は、合わせて数キロ四方でおさまるような山地だった。
地図で見る限りおおまかには、一つの大きなピークを持つ、子どもが絵に描きそうな『山』ではあったが、山自体にもその周囲にも特に村や工場など、人の暮らす気配はないようだった。
「何となく……高尾山みたいなトコじゃん」
添付資料を見ながら、サンライズとローズマリーとは言いたいことを言い合っている。
「標高八百六十メートル? ますます高尾山に近い感じ……ここどこなんですかね? センパイ」
「高尾山はもっと低かったよ、確か。どこだろ? 眼隠しで連れて行かれるから、分かんないんだよなあ」
現地で更に詳しい地図を渡されるそうだが、地名とかはすべて外されているのだという。
そこにローズマリーがさらりと言った。
「それにコロシアイだからねえ、場所なんてどうでもよくなるし」
「えっ」
サンライズはすでに腰がひけている。
「コロシアイ、ですかぁ?」
「そうだよ、殺し合い」
ローズマリーはどこか楽しそうに説明をしてくれた。
期間中は各5名程度の班で行動し、他班のすべての人員は敵とみなす。
出遭ったら、捕虜として捕まえるか、その場で『始末』するかは各班リーダーの判断となる。
参加者全員が、耳の後ろに特殊なタグをつけ、武器を装備する。
武器に使えるもので一番の人気は銃だが、実弾は出ない。一種の光線銃で、その光線が身体に当たると、元々は緑色をしたタグのマークが赤く変色する。
「光線を浴びて、痛いとかはないの?」
「えっ、光線だよ、何で痛いの」
「ですよねー」
ほっとしたところに更なるローズマリーの一言。
「ま、何か開発部でうまい工夫してあるみたいでね。ちょっとだけ痺れたみたいになるけど……まあ、すぐなおるよ」
開発部、という言葉もあってか、サンライズ、つい苦虫をかみつぶしたような顔になってしまう。
入局から断続的に、『能力開発訓練』と称した人体実験にさんざん、つき合わされてきたのだ。
特に、リーダーに昇格してからの訓練には、何一つよい思い出はなかった。
当時の担当者だった柏崎稔という男の、人を人とも思わないような目つきが脳裏をよぎる。たまには親切な職員もいたが、まあ、開発部の連中は柏崎に似たり寄ったりのタイプが多かった気がする。
ミノルがあの陰険な目でにやつきながら光線銃を仕込んでいる姿を想像するだけで、サンライズの腕にうっすらと鳥肌が立った。
「そういうのイヤなんだよな、痛いとかしびれる、とか」
サンちゃんは神経質だなあ、みたいな半分労わりの混じった目をくれてから、ローズマリーがさらに説明を続ける。
光線の当たり具合によって『重傷』『軽傷』などが分かれる。怪我の度合いによってマークの色も黄、黄緑と微妙に変わる。
しかし、赤になると『end』の文字が浮かび上がる。
そうなると、完全に失格となり、ふもとのベースキャンプに収容される。
ケガの場合は、一定期間休息することによってマークの色が緑に戻る場合もあり、復帰できることもある。
ただし、ごまかそうとしてタグを外しても『死亡』と見なされて失格。
他人に外されても失格なのだそうだ。
「なあんだ」
サンライズは安心したように椅子にもたれかかった。
「だったらさっさと失格になって、ベースに帰ればいいじゃん」
「ばかだなあ、あおきくんは」
ローズマリーが親指の腹で鼻水を拭く真似をしながら小学生の口調で言って、こう諭した。
「誰と組むか知らないけどさ、アンタんところのリーダーが許すと思うの? チームプレイだからさ」
しかも、素手で戦う場合には相手を実際に「倒して」もOKらしい。
もちろん、大きなケガはさせないように注意は必要だが、相手が降参するか、意識を失うまでやっつけるのは許されているのだそうだ。
―― 何たる野蛮なカイシャだ。
思わずそう口にする。
「ところで、サバイバルチームのリーダーは誰がやるの?」
だって、全員もともとリーダーだしね、とつぶやくと
「サンちゃんだって、もちろんリーダーをやりたいって言えばできるかもよ」
ローズマリーは明るくそう言った。
東日本支部の中で一番の新米リーダーであるサンライズは、思い切り首を横に振る。
そう言うだろうと思った、とローズマリーがため息をつく。
「今度の説明会で班分けが発表されるんだ、引き続きチームで話し合いがあるから、その時決まると思う」
立候補だから、けっこうアクの強いヤツが出てくるぞ、だから、コワいんだぞ、とたいしてコワモテではないローズマリーがそう言って笑う。
「早期離脱なんて……リーダーも許さないと思うけど、これって、冬の査定にも響くしね」
何ですって? と急に妻・ユリカのオクターブ上がった声が聴こえた気がした。
ボーナス直結かよ。
オレのような所帯持ちには非情のことばではないか。
「それにさ」
ローズマリーも実は、かなりの負けず嫌いらしい。何となくうれしそうな顔になっている。
「やっぱり、その場に行くとどうしても生き残りたい、って思うんだよね……他に負けたくねえ、っていうのかさ」
合言葉は『生き残れ』なのだそうだ。
「そんなもんなの?」
まあ、なんとなくわかる気もする。
しかしサンライズははっと気づいて表情を明るくした。
「もしかしたら、オレとローズマリーと同じチームかも、ゾーさんとか」
「あり得ねえ」
ひらひらとローズマリーが手を振って即否定。
「ふだん仲良くしてるヤツらは、まず敵同士になるんだ。だ、か、ら」
急に凄みのある表情になり、
「今から、キミも敵ね」
そう低く告げた。サンライズの背筋に悪寒が走る。
が、ローズマリーは一拍おいてから急に明るく笑いだした。
「な、なんだよ脅かすなよ」
サンライズ、まだドキドキしている。
しかし、現地では実際にそうなるんだ。ヤツは、さっきみたいな顔をして暗闇からいきなり襲ってくるかも。ゾディアックも。
口の中がからからに渇いていた。
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