透明の向こう

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「…は?お礼?」 「そう、放課後付き合ってよ」 授業中…と言っても殆ど自習に近い状態の西の時間。 最初の20分だけは教師が授業をし、その後は自分達だけで自主学習し、理解し辛かった所だけを指導してもらうと言う変体制。 そんな時間だからこそ、こんな会話も出来ると言うもの。 「志ノ野木君のところ」 至は目の前で口を開けた侭の栄にニッコリと微笑む。 先程までじっと教科書を見ていたと思っていた至が実際の所宗潤へのお礼を言う事を考えていたのだと気付いた栄は途端にぎゅうっと眉を顰めた。 「…何で俺も?」 あからさまな嫌だと言う顔。 これぽっちも隠そうとしない栄に至ははぁーっと業とらしい溜め息を吐くと、これまた業とらしく額に指を当てる。 「俺一人じゃ、何か迫力不足でしょ?」 何の迫力不足だと言うのか。 突っ込みたいところではあるが、至の言う事も割りと説得力のある事で栄はうーんと痛くも無い頭を押さえた。 いや、実際目の前の友人からこんな事を言われた瞬間から痛みが発しているのだけれど。 「志ノ野木なぁ…まぁ確かにあの淡々とした物言いが変に圧迫感あるからなぁ…」 「でしょ、あまり抑揚無い声なのに、何処かの説教喰らってるみたいで」 至自身にも宗潤にあまりいい思い出は無いのだが、それでも昨日かなり世話になった事に対しては礼が言いたいのは確か。 あんなに自分の事を看てくれたのだ。矢張り一言何か言わないと気分が悪い。 それに、 (俺、何かしちゃったみたいだし…) 栄や後輩達の態度で少しだけピンと来た。 何をしたのか、覚えていないのだから無しにしてもらいたいと思うけれど、そうはいかないだろう。 いくら学年、棟が違うと言っても狭い学校だ。これから先、顔を会わせないと言う事も無いとは言えない。 (取り敢えずお礼と謝罪…いざとなったら栄を盾にして逃げればいいや) フムっと思案した事に至は口角を上げた。 誠意って何かね? 北の大地あたりから台詞が聞こえた気がする。 朝から最悪だと言うのに、ここでもまた煩い奴に肩を掴まれたと言う事に痛みも引いて来た頬が疼き出す。 「志ノ野木ぃ~今日の夕飯の予定なんだぁ?」 うふふ★と似合わない空気が舞った。 空気が読めない男と書いて、 (小笠原…) と、読む。 昨日サボってしまった体育教師からはお小言があったものの、何事も無く過ごした学校生活。後は帰るだけだと言うのにオチはこれ。 「…また飯は俺ん家ですか…?」 「いいだろぉ、今日は手習い日だ。宗葉さんとの夜なんだから」 子供達は数には入れられていないらしい。 全く己の煩悩に素直過ぎる大人のいい見本だ。 「…今日は俺歩きだから、何も買わないで帰るっすよ。だから残り物」 はぁーっと深い溜め息を吐きながら、そう言う宗潤に小笠原は目をぐりっと丸くした。 「何、お前歩き?じゃ、一緒に帰るか?」 「…え?」 「俺もう仕事終わるし、どーせ目的地一緒なんだ。車で送ってやるよ」 ニコっと笑みを見せ、ポンポンと肩を叩く小笠原に一瞬呆けた宗潤だが、あっと口を開く前に一人納得した担任は待ってろ、と言い残し職員室へと足早に戻ってしまった。 「――――…」 えー… ポツン残された宗潤は、無意識に顔を顰める。 キーンコーンカーンコーン… (………) いつもな何も感じない鐘の音は何だか彼を落ち着かせなくしているようだ。 人が言う『ちょっと』がどれ位だか人それぞれだろうが、小笠原はほんの5分程で戻ってきた。 指に車の鍵をクルリと回す姿に、宗潤は小さな溜め息を洩らすと仕方無いと結局担任と教員駐車場へと向かう。 「あ、なぁお前そう言えば。その顔どうした訳?」 途中小笠原は今朝から気にしていた宗潤の頬を指差した。 少し腫れた頬は良くも悪くもさっぱりとした宗潤の顔にはかなり目立つ。 教壇から見ても分かったくらいだ、他の生徒達の視線が今日だけはこの生徒に行ったのも分かる。 「あぁ…コレ?別に親父が…」 「え!?そ、宗葉さんん!?」 「違うって…、あ、いや…違わないけど…親父が朝寝惚けて裏拳かましたってだけ」 「あ、あぁ…成程な」 ホッと胸を撫で下ろす小笠原は心底安心したと言わんばかりに顔まで緩ませる。 あんなに温厚で手習い中も嬉しそうに子供の話ばかりの親馬鹿っぷりを見せる(そんな姿もこの男には花を綻ばせる姿に見えると言う幻覚付き)宗葉がこの長男を殴るなんてありえない。 ふぅっと何処かうっとりとした表情になってしまった。 「寝惚けてかぁ…いいな、それ…俺だったら甘んじて100発コンボで受けるな」 「あんたのM談議なんかお呼びじゃねーよ」 スパっと切られるも、何のその。 「お前なぁ、愛しい人の寝惚け眼なんて萌えるぞぉ」 うふふ~っと妄想の一つでも始めたらしい担任に冷たい視線しか遣れないのは許していただきたい。 「何が萌えるだよ…燃え尽きろ」 一体学校で何の話をしてるんだかと眼鏡を押さえる宗潤だが、話は此処で止めておけば良かった。 車まであと少し。 夕焼けに染まる風が吹く中、少し饒舌になってしまった。 「裏拳だけならまだしも…その後に謝罪のキス攻撃…やってらんねぇーって」 頬を押さえる息子を前にして、自分がしてしまった事に半泣きになりながら、抱きついてきた父親は頬に何度もキスをした。それも寝惚けていた延長線だとは分かっているが、眉間に皺を入れていく宗潤だ。 しかし、 「…キ…スだと?」 今何つった? 自分の隣から忍び寄る黒いオーラ。 ハッとそちらを見遣れば、小笠原が驚愕の眼で宗潤をガン見している。 「…っ」 声が出なくなるとはこの事。
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