正座の痺れ

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お願いと言うより、強制、命令だ。 有無を言わさず連行される宗潤は溜め息混じりに諦めた感を漂わせ、チラっと周りを見渡した。 廊下には既に授業を終えた生徒達。 新入生も加わり、賑やかさと新鮮さを加えた校舎内は教室よりも賑やかだ。そんな中を通り、 「あ、先生ぇ、さよならぁ」 「オガッチ、バイバァイ」 「おう、気をつけて帰れよぉ」 自分へと掛けられる声に上機嫌に返事を返す小笠原をじっとりと見遣り、また深い溜め息を吐いた宗潤を誰も気付かないだろう。 ***** 日も暮れ、すっかり薄暗い空。 「はぁ…」 ガタっと椅子を鳴らせながら、立ち上がる宗潤の顔には若干の疲れが伺える。 机上のプリントの束とホッチキスを纏め、うーんと背伸びを一つ。 担任である小笠原の頼み事がまさにコレ。 『このプリント綴ってくれないか?頼むっ!俺今から職員会議でさぁ…いや、まいったよ』 まいったのは、此方だ。 さっさとプリントの束とホッチキスを宗潤へと渡すと颯爽と出て行った小笠原に、自然と青筋が浮かびそうになる宗潤だが、『まぁ、仕方無い』と、肩を竦め、傍らに置いていた鞄を掛けた。 廊下へから早足で靴箱へと向かうと、まだ残っている部活生の声だろう、笑い声が聞こえてくるのを興味なさ気に聞き取り、またフイっと歩き出す。 これから家に帰る為にいつもの足取り。 そう、少々時間は遅いがいつもの道のりだ。 目的の駐輪場まであと少し。 「…あっ…もぉ、…と…のう先輩…っ」 …… ……… 「あぁんっ…」 何処からとも無く聞こえてきた声。 少しハスキー掛かった声は薄暗い外に甘く響き渡るもので、一瞬宗潤の足が止まりそうになった。 ぎぎっと少しだけ眼を向けるのは、駐輪場のフェンス側の向こう。ガサガサ、ゴソゴソ。 衣擦れする音と揺れる緑。 決定だ、事に及んでいる。 現場は男子校、此処にいるのは男子のみ。 つまりは今の甘い声も男と、男 だが、 別段、これが特別と言った訳では無い。 はぁっと溜め息が出るものの、また足を進める。 現場は男子校、此処にいるのは男子のみ。 つまりは今の甘い声も男と、男。 でも、それも二年も在学していれば日常の一つと化してしまい、不純同性行為だろうが何だろうがすっかり麻痺してしまっている。 馴染めはしないが、否定はしない。 果たしてそれが吉なのか凶なのかは、 (愚問だな…) 制服のポケットから鍵を取り出し、愛車である原付バイクを跨ぐ。 (さて、今日は遅くなったし…どーだろうなぁ…) そう、宗潤にはこんな事よりももっと家に帰った時に『待っている』ものの方が大事なのだ。 ***** 『お知らせですっ、部活動をしていない帰宅部生徒っ!これから第一会議室へと集合して下さいっ』 ピンポンパンポンっ 学生の楽しみの一つである昼時。 お約束、且つ軽快なお知らせ音が鳴り響いた後に聞こえた声は全校舎へと流れ、会話も食事も全て中断させる。 トイレの途中だった者も、購買で争奪戦を繰り広げて居た者も、逢瀬の途中の者も。 それは勿論、屋上で一人弁当を突いていた宗潤の下にも。 「帰宅部?」 「俺関係ないわ、サッカー部だし」 他にも屋上で食事をしていた者達がざわつき始める中、空になった弁当箱を片しながら、宗潤は空を仰ぎ見る。 青い空に浮かぶ白い雲はまるで砂糖菓子の様だ。 (帰宅部ねぇ…ご苦労さんだ…) ―――――――――あれ? (俺…も…) ふっと思い出せば自分もだ。 宗潤の眉根が不機嫌そうに寄り出した。 タイミングも、既に二年と言う事もあり、部活動には一切お世話にならず、無視を決め込んでいたのだから。 と、言う事はだ。 自分もこれから第一会議室へと出向かなければならないと言う事。 (うわ…) 正直面倒臭い。 今から本を返そうと図書館へと行く予定だった。ついでに新刊のチェックと返却されているだろうかと、狙っていた本を確かめたいと。 しばし、眉間に皺を寄せた侭うーんと頭を斜めにしてみてはいたが、宗潤は立ち上がると本と弁当を片手に昇降口へと向かった。 (いいや、バックレ決定。俺一人位居なくてもいい筈。どーせ、俺が帰宅部だろうが何だろうが気にする奴も居ないだろうし、何よりも面倒事は避けたいってな) うんうんと一人開き直った宗潤の足取りは何処か軽いもので、目的地まで一目散。 廊下を進んで行く。 が、くどい様だが確かにちょっと今回はうまい事いかない。 「志ノ野木ぃ。お前帰宅部だろ、集まらなくていいのか?」 「………」 なんてタイミングだろう。 じっとりとした視線を向ける先には、空気が全く持って読めてない担任の小笠原が優雅な足取りでニコっと微笑んでいる。 廊下に居た他の生徒達も、小笠原の声が聞こえたのか、チラっと自分を見遣る視線が痛く感じる宗潤はひくっと頬を引き攣らせた。 本当に昨日から迷惑極まりない。 「会議室行かなくていいのかぁ?」 (あんたなぁ…)
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