正座の痺れ

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バックレようと思っていた矢先に公衆の面前で暴露された事に、青筋の一本でも浮かび上がりそうだが、矢張りそんな事を気にもしない小笠原はまた馴れ馴れしく宗潤の肩に手を置くと、薄く唇を開いた。 「呼び出しは、『西』の奴だぞ。出た方がいい」 「に、し…?何でですか?」 宗潤だけに聞こえる位の小笠原の言葉に宗潤が訝しげに呟く。 「さぁ、そこまでは俺は知らん。けど、このまま無視して後でお前が帰宅部でしたぁ、なんてバレたら、余計に煩くなるぞ」 『西』… ポツリと独り言の様に呟き、宗潤は眉間の皺を深めた。本当に面倒事がありそうだ。 しかし、そんな小笠原はそんな空気を打破する様にコホンっと一つ咳払いをすると、ガシっと首に腕を回してきた。 そして、耳打ち。 「それでだなぁ、俺今日もお前の家…行こうと思ってんだけど」 まただよ。 うんざりと言った風な宗潤の視線も小笠原のにやけた顔で軽く流される。こうなったら何を言っても無駄なのは知っている。 「勝手にすればいいんじゃないですか。取り敢えず飯も食いたいって事でしょうが…」 「おー流石に話分かるじゃん。じゃ、よろしくな」 パチっと可愛らしい…とは絶対に言いにくいウィンクを一つ宗潤に投げると、小笠原は来た道をスキップでもしそうな勢いで帰っていく。その間にも生徒達から声を掛けられ、嬉しそうに返事をしていく小笠原だが、宗潤はその背中に投げられたウィンクをバットで打ち返したいと切実に考えていた。 (うわ…) 回れ右して帰りたいと本気で思う。 こんなに帰宅部は居たのかと思う程に宗潤の目の前の会議室前の廊下には人がたむろしていた。 精々10人程度だろうと思っていた自分の甘い考えを今はこの廊下の窓ガラスを突き破る位の勢いで投げ飛ばしたい。 結構スポーツや文化に力を入れている学校だ。それ故にほとんどの生徒は部活動を必須とも考え、部活に所属していると思っていたのに。 (ざっと見てもこりゃ30人位は居るぞ…) コントの様に眼鏡がずり落ちる。 しかも、会議室の中から1人出てくると、行き違いに次に廊下に居た生徒が入っていく。 どうやら中に一人ずつ呼び、何らかの話をしているようだ。だったら、あの放送からかなりの時間が経っているのだ。この廊下に居る以上の人間が居たと思われる。 (つーか、何してる訳?) 先程入った生徒が出てきた。そして、また次の生徒が会議室へと入っていく。 出てきた生徒は顔を少し赤らめ、ウキウキとした雰囲気さえ伺える。 先程の小笠原と其の姿がダブり、少々イラっと感がまた浮き上がるが、宗潤ははぁっと眼鏡を押さえ仕方無いと廊下の隅へと腰を下ろした。 どーせなら一番最後でいい。 もう図書館は放課後にでも行くさ。 なんて諦めに似た顔で少しだけ顔を俯かせた。 「あのぉ…」 「――えっ!」 頭上から降りてきた声に、はっと顔を上げればこちらを伺う様に生徒が会議室を指差していた。 「あの、君で最後みたいなんだけど。あれだよね、呼び出しで来たんだよね」 「あ…」 どうやら、しゃがみ込み込んでいたしばしの間意識を飛ばしていたらしい。 廊下にはこの生徒と自分だけ。 あぁっと小さく相槌を打つが、相手の校章の色が赤なのに上級生だと分かり、すいませんと軽く頭を下げる。 ちなみに宗潤二年生達は緑色。一年は橙色だ。 「ふぅ…」 誰も居なくなった廊下にまいったと頭を掻く宗潤は、ようやっと会議室の扉に手を掛けた。中で何が行われているかなんて知らないが早いところ終わらせたい。昼休みだって長い時間ある訳ではないのだ。 「失礼します」 カラリ… 何ら普通の引き戸なのに、何だか重たいと思うのは宗潤の気持ちが加算されているからだろうか。 「はぁい」 そんな彼の気持ちとは打って変わって軽い声が室内に響き、会議室の窓から差し込む太陽の光が宗潤へと向かって来た。 眩しさに目を細め、じっと入り口から室内を一瞥すれば会議室の長机がポンっと置いてあり、其処には自分と同じ制服を着た生徒が二人、椅子に座っている。其の周りにも数人の生徒達。 (…全然顔知らねーや。『西』っつっても俺全然興味なかったからなぁ…) 「君が最後だってね、どうぞ」 先程の明るい声が促す。そちらに視線を遣れると、長机の前に座っている二人の内の一人。ニコッと微笑む可愛らしい容姿の少年。 どうぞと指すのはこちらの近くに寄れと言う事らしく、些か疑わしいものがあるが黙った侭に進み、その長机の前へと移動した。ついでにと時計を確認。 昼休み終了まで後5分。 (最悪) 舌打ちの一つでも出そうだ。 けれど、この『西』を前にそんな事をしている余裕も無いだろう。あまり接点が無いだけに早くこの場を立ち去る為にも話はすぐに終わらせるべきだ。 タン…っと小さな靴音。 「どーも、悪いな手間取らせて。何年何組だ?」 「…2年3組です」 長机の前に座っていたもう一人の男が目の前に立った宗潤へと目を細める。着痩せしているであろう、逞しそうな体付き、くっきりとした二重の強力な眼力に押し出されそうだが、何だか品定めをされている様で気分が悪い。 「あの」
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