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正座の痺れ
パラっとページを捲り、一人の少年は窓際のお気に入りの席で一人黙々と、ある種凶器になりそうな位の分厚い本を読みふける。
眼鏡越しの眼に映るのはビッシリと詰まった文字。
これだけでも、眠くなる要素バッチリなのに、ぽかぽかとした陽気はグレーのブレザーを温めると同時に身体まで血液の流れを良くするらしく眠気すら誘うものだが、彼はそんな誘惑等最初から気付いて等居ないらしい。
今は自習の時間と言う学生にとってはとても有り難い時間。
他のクラスメイト達はわいわいと雑談、談笑、中には勉学と真面目に取り組んでいるものも居るが、有意義に楽しく過ごしいる。
彼は最後のページを捲り終え、コキっと肩を鳴らした。
(結構面白かったなぁ…あんまりエッセイとか読まなかったけど)
短めの髪をかしかしと掻き、ついでに時計に眼を遣れば、時計の針はまだこの自習時間が10分も残っている。
今になって欠伸が出てきた。
涙が溜まった眼でチラっと周りを見遣り…
男。
男。
男。
男。
溜め息一つ。
そう男子校。
何処で間違えたとか、もうそんな事考え始めたらキリが無いのは分かっているのだ。
まず、第一。
第一志望だった高校の入試日、『彼』は真っ赤な顔の侭、自宅で倒れ、病院へと搬送された。
インフルエンザと言う悪戯なウィルスの仕業だった。
当たり前の如く、その高校への入試試験は受けられず、仕方なしと何とか第二志望だった入試試験をパス。
ふーっと安堵の溜め息も束の間、今度はその合格発表の日の帰り道。
車に撥ねられた。
これも何の理由も無く、ただ脇見をしていた運転手のミスであり、『彼』には何の落ち度も無かったのだが、また病院へと。
全治二ヶ月。
右足の骨折と右手首の捻挫。
不幸中の幸いと言えば聞こえはいいかもしれないが、お陰で入学式等に出られるわけもなく、淡々と白い壁と白いベッド、白衣の天使と言う名だけの勤務歴30年のベテラン看護士に囲まれ、日々を過ごした。
と、言う訳で何だかんだと学校へと復帰した際には既に6月も半ば。
はっきり言って学業へと専念しなければならない。
必死に勉強の遅れを取り戻そうと朝から特別学習室で授業を受け、放課後皆が部活や岐路に着く中も一人黙々とノートと教科書を相方に置き、夏休みに入ってもそれに半分の期間を費やした。そして何とか普通に授業を受けれる様になった頃には、高校最初の夏休みとやらもとっくに終了。
枯葉舞う秋へと季節は変っていた。
そうなればだ。
学業だけが取り残された訳では無い。
『彼自身』もだ。
誰もが胸弾ませ、桜にも負けず劣らずの染めた頬で新しい友人を作ろうと奮起する期間に入学式から居らず、教室にも顔を出す事も無かった『彼』が、ようやっと机に座っていようとも最初は珍しがっていたが、誰も気に留める事も無く、そうこうしている内にとうとう先日二年生へと進学してしまい、
今に至る。
真っ黒の短髪に、濃紺縁眼鏡と言った地味な風貌が悪いのか、それとも。
「ねぇねぇ、バスケ部の先輩さぁ!」
「あ、キャプテンだろっ!」
「恰好いいよねぇ!!この間のプレーでファンになっちゃってさっ」
「マネージャーも可愛いよなぁ」
しつこいかもしれないが、此処は男子校だ。
聞こえてきた会話にげっそりと頬がこけそうだと彼はまた溜め息を吐いた。
馴染めない自分が悪いのか。
彼、いや、志ノ野木宗潤(しののぎそうじゅん)はそう思うのだ。
そんな彼故。
持たれるイメージは大体皆同じで、先程述べた通り、眼鏡に短髪黒髪、そしてピンっと伸びた背筋で読書等をする姿から連想出来るのは、
『とても大人しく、地味な真面目男』
だったりする。
放課後も部活等所属していない宗潤は真っ直ぐに自宅へ戻るべく、さっさと教室を後にした。
いつも通り。
だったのだが、今日は違う。
「志ノ野木っ」
不意に呼ばれた自分の苗字にクルっと振り向けば、其処に立っていたのは担任の小笠原。
生徒から人気のある理由の一つである端整な顔立ちをふふっと綻ばせ、そそくさと宗潤の方へと近寄ってきた。
明るめの栗色の髪と、長い足が強調される本日の細身のスーツも良くお似合いだ。ホスト等に見えないのはどことなく感じさせる上品な雰囲気の所為らしい。
「お前さ、今日も真っ直ぐ帰るのか?」
「はい」
短い宗潤の返事に、うんうんと満足そうに頷き、小笠原は馴れ馴れしくその肩に手を回した。こう言ったスキンシップも彼の持ち味だと誰かがきゃあきゃあと言っていた様な気もするが、宗潤にとってはどうでもいい事だ。
それより、
(…何だっつーの?…)
胡散臭い、とこの担任を見遣る。
眉を潜める自分の生徒を気にもせず、担任はふふーっと顔をニヤつかせ、長い足を進ませた。
「ちょ、あのっ、」
肩に回った手は其の侭の為、自動的に宗潤も引き摺られ流石にぎょっと眼を丸くするが、矢張りそれも気にもされる事なく、ただズルズルと廊下を進んで行く。
「いやさ、ちょっとお願い事があるんだけどさぁ」
「………いや、これ…」
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