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目が乾いている。
そう気付いた僕は、意識的に瞬きの回数を増やしながら、ディスプレイを見る。
二つの部隊が交戦しているのを、スコープで覗き込んで様子を伺う。敵同士で争って疲弊したところを、射程距離の長いスナイパーライフルでかっさらうのが僕の戦い方だ。
あと一人だけ倒せばいい。
一発で確実に仕留めるため、頭に狙いをすまして、トリガーを引いた。
ヘッドショットの快音が鳴り響き、パタリと敵が倒れた。
「よし! きゅうりのチャームゲットだ!」
いつもやっているシューティングゲームで、今日からお盆のイベントが始まったのだ。
今回用意されている報酬は、きゅうりのチャームと、なすの銃のスキンだ。
きゅうりのチャームのクエストは、一人でも達成できるからとりあえずやり始めたのだが、思ったよりも重労働だった。
きゅうりのチャームを手に入れたから、もう慎重にプレイをする必要はない。適当に敵に突っ込んでいって、プレイを終わらせた。
「さて、これからどうしようかな」
顔を上げたとき、窓の外が暗くなっていた。ヘッドホンを外しても、セミの鳴き声が聞こえない。ずいぶん長い時間プレイしていたようだ。
すっかりぬるくなったジュースを飲みながら、僕は次のクエストを確認する。
なすのスキンは部隊を組んでプレイして、三回勝利することが条件となっている。
「誰か暇そうなやついないかな」
僕はフレンドの一覧を見て、オンラインになっている人を探す。すると、珍しい人がオンラインになっていた。小学校の頃から友達のシュウだった。
イベントのことは差し置いても、シュウと一緒にプレイできることは嬉しい。最近はネットのフレンドとしかプレイをしていなかったから、久しぶりにリア友とプレイしたかった。
早速、ボイスチャットで話しかけた。
「シュウ、 久しぶりだな。さすがにお前の会社も、お盆は休みなのか」
「おお! ナツキじゃねぇか! そうなんだよ。俺の会社もそれぐらいの良心は残ってたみたいだな。まぁお盆休みって言っても、四日だけだがな」
「うわ、きついなあ。僕なんか一週間休みだよ。だから、実家に帰って来てる」
「ずいぶん長いな。そんなに休んでたら、何の仕事してたか忘れないか?」
「そんな病気みたいな頭してないよ。僕はシュウとは違って、昔から記憶力がいいの知ってるだろ?」
「そうだったな。しょうもないことばっかり覚えてて、肝心なこと忘れてんだよな」
シュウにしては痛いところをついてくる。たしかに肝心なことが思い出せなくて、そのことがずっと気になって、一日中考えてしまうこともほどだ。
シュウと話している間に、誰かが僕たちの部隊に加わってきた。
「あれ? 誰だこのフレンド……シュウのフレンド?」
「お前の知り合いじゃねぇのかよ。俺のフレンドに、こんなIDの奴いねぇぞ」
思わず首をかしげる。シュウはほとんどリア友としかプレイしない。だからシュウがフレンドのことを忘れるはずがない。ということは、僕のフレンドの可能性が高いが……。
「お前、フレンドが訳わかんなくなるぐらい知らねえ奴らとやってんだろ。どおりで俺よりランクが上がってるわけだ」
不機嫌を隠すことなく、シュウは愚痴をこぼした。
「ごめん……でも、ネットのフレンドのこと忘れることないけどな」
「だからさっきも言っただろ。お前は記憶力がいいかもしれないが、肝心なことは覚えてないんだよ」
こんな言い合いをしていてもしょうがない。とりあえず話しかけてみることにした。
「どうもこんにちは。あの……すいません、僕といつフレンドになりましたっけ?」
ザザザーっと変な雑音がしばらく聞こえた後、想像していたのとは違う、女の子の可愛らしい声がした。
「こんにちは。ええと……フレンドになったのはたしか、去年の今頃だったかな」
こんな女の子とプレイした事があっただろうか。全く身に覚えがない。しかし、やはり僕のフレンドであることは間違いないようだ。
僕はスマホでシュウにメッセージを送る。
『ごめん、やっぱり僕のフレンドだったみたいだ。シュウは知らない人とやるの嫌だよね。どうする?』
シュウはすぐに返事を寄越した。
『まぁしょうがねえだろ。男だったら許さねぇが、女なら話は別だ』
安心した。シュウの機嫌を損ねると、意外と面倒くさい。
「じゃあ、なすのスキンを目標に、ささっと三勝しようか」
僕の声を合図に、部隊は戦場に向かった。
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