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小学生の時に無邪気に遊んでいたこの川が、夜になるとこんなに不気味になるとは思わなかった。夏の夜にしては冷えて、粟立った腕を擦りながら橋の手すりに寄り掛かった。
シュウの表情はどこかぎこちなく、うまく僕の顔も見れないようで、流れている川の水面をただ眺めていた。
「さっきは怒鳴って悪かった」
「いや、いいよ。何か理由があるんだろう?」
その理由が何なのか言うように促すと、シュウの表情はさらに沈んでしまった。
「いるはずがないんだよ。ハルカは去年……死んだんだから」
「は? ……嘘だろ」
シュウのお得意のきつめの冗談かと思った。けれど、いつまで経ってもシュウが顔上げないのを見て、これは本気で言っているんだと確信した。
「ハルカが去年死んだって……じゃあ、さっき一緒にプレイしてたあの子は何なんだ?」
あの喋り方、あのはしゃぎ方、直接見てなくても伝わってくる笑い方。間違いなく、ハルカのものだった。
「俺だってわかんねぇよ。たしかにハルカにそっくりだけど、いるはずがねえんだよ」
「……死んだって、何で死んだんだ?」
何か我慢するように少し黙った後、落ち着いた声でシュウは言う。
「詳しくは俺もわからない。でも、病気だったらしいな。大学もほとんど行けなかったらしい」
あんなに元気だったハルカの命を奪ってしまうほどの病気とは何だろう。
この川でハルカが溺れそうになった時、この腕で細い身体を抱えていたのに……。
息苦しい。肺に冷たい空気が入り込んで、鳥肌が治まらない。
視界が揺らいで、シュウの表情どころか、何も見えない。
橋の手すりに顔を押しつけるようにして泣いた。シュウはずっと横にいて黙っていた。
夜が明けてきて、ひぐらしが鳴き始めたのが聞こえた。
日が差し、川が明るくなると、ハルカがいたあの頃に戻ったような気がした。
「シュウ……僕たち三人で水鉄砲の撃ち合いで遊んだあと、将来のことを話したの覚えてるか?」
物覚えの悪いシュウにしては珍しく、その時のことを覚えていた。
「たしか、ナツキはつまんない大人になりそうだって言ったんだよな。それで俺はビッグな男になるって言った」
「だいたいその通りになったかもな」
「いや、俺もつまんない大人さ。ビックになんかなれなかった」
けれど僕たち二人は大人になって、この川に戻ってきた。
ハルカだけがいない。
「あの時、ハルカが将来何になりたいって言ったか思い出せないんだけど、覚えてないか?」
シュウは心底嫌そうにため息をついた。
「本当にどうでもいいことばかり覚えてて、肝心なことは何も覚えてないよな」
そうだ。僕は記憶力がいいなんて言っちゃいけない人間だった。
シュウは彼女の将来の夢を言った。
「大人になって泳げるようになったら、またこの川に遊びに来たい、って言ってたんだよ」
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