燃えさかる邸宅

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燃えさかる邸宅

 夢中だった、記憶が混在する中、風を避けるように身を屈め、馬のたてがみを握る手に力がこもる。まだ12歳の細身の女であるお陰もあり、馬のスピードも思いの外出ている。  数時間経った頃、随分と長い事馬に乗ったせいか、もう身体の全体が痺れてきたのは否めなかった。  馬に揺られながらも、ライザが使える魔法を頭の中で復唱しこの後の事態に備えた。  近隣の公爵家の同盟関係により領の境目にあった関所も廃止された昨今、危惧した足止めもなく進んでいく。 (それにしても不思議なくらい、この身体、私に馴染んでいる。)  元にいたライザは何処に行ってしまったんだろう。  探せども、私にあるのはライザが積み重ねた記憶と定着している自分の魂。つまり、私は何らかの衝撃で前世の記憶を思い出したライザ自身なのだと自覚した。  馬に乗りながら色々考える時間があったせいで、記憶の混乱が落ち着き冷静になってきた頃、悪役令息が誕生する公爵邸が近くなってきた事を周囲の景色の特徴から確信を得る。  何故なら私のいるウェルネ公爵領に続くセヌル川と、そして〝悪夢の日〟の舞台である邸宅。アウステル公爵邸所有地の証である、精霊が宿る星の木が青々と光り、闇夜を照らし生茂る。広大な森林が広がっているからだ。 (この森林までは分かるけど、後はどう進めば良いのかしら…)  私が家を出て数時間はたっている。もう真夜中と言っても差し支えのない時間帯。  急いでも、手遅れかもしれないと脳裏によぎる。  悪役令息の生まれ育ったアウステル公爵家は、代々精霊を司る歴史ある名家だ。  そこで今、惨殺事件が起きようとしているかもしくはもうー…。  星の木に宿っていた数あるうちの青い光の1つが、フワリと私の前まで来て、顔の周りをクルクル回ると、まるで付いて来てと言わんばかりに私の視線の先で動きを止めた。 「ー・わかったわ。」  この青い光は、星の木で眠っていた精霊だ。アウステル公爵家で起こっている事に気づいた精霊が、主人を助けてくれる人を探しているのだ。  その証拠に私の周りにある星の木にとまっていた青い光達が次々とこちらだと指し示すように、道を描く。    (…でも、もし事が起きている後ならば、着いたところで私には何も出来ないかもしれないけど…ー)  進んだ先に、闇世の中で赤々と燃ゆる邸宅と、黒雲のような煙が空に上がっていくのが見えてきた。 (…ー遅かった…)  そして、青い光の指し示す道の先に出て、邸宅を前に熱風が伝わる距離まで来ると、私は馬の動きをゆるめた。  屋敷が燃えている。燃え始めているのでは無くて、炎に包まれている。  そう、この燃えている炎の中に、惨殺された公爵一家と唯一生き残る、後の悪役令息がいる。  この〝悪夢の日〟がトラウマで、心の闇を抱えた悪役令息が誕生する。そして後にゲームの攻略対象に加わるのだ。  因みに何故令息が唯一生き残る事が出来たかと言うとー… 「旦那様ぁぁぁ!奥様ぁぁぁ!!坊ちゃガスッ  今急に飛び出して来た、爺やと思しき人が、この炎の中に飛び込んで、両親が命をかけて守った事により致命傷をさける事の出来た、気絶している令息を命からがら助け出すのだ。  この人は悪役令息の執事としてゲームにも登場していたからわかる。    確かこの爺やは、今日休暇で、孫の元に泊まっていたけれど虫の知らせにより公爵邸を見に来たら精霊が騒いでおり、急いでいたら公爵邸は既に火に包まれていたらしい。  そう、今私を乗せて歩いている馬に弾き飛ばされ転んだ…(だって急に飛び出してくるから…)  馬から降りたライザは、なかなか起き上がらない爺やの横に行ってしゃがんだ。 「…すみませんでした。立てますか?」 「……腰が、今ので…腰が抜けて…。」 「……。」  
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