さようなら

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ーーカチャ  物音がした方へ反応すると、第2王子は笑うのをやめて扉の方へ向いてポツリと呟いた。 「・・もう、時間かな」  閉まっていたはずの扉が、いつの間にか薄っすらと開いている。  私を此処まで連れてきた案内人が開けたのだろうかと、扉へと近寄って外へ顔を出して見渡してみたけれど、誰もいなかった。「・・・?」  まぁ、いいか。  皇太子のお願いはもう十分に果たしただろう。  この対話にどんな意味があるのかはわからないけれど。 「じゃあ、私はもう行くから。 幽閉から出てきたら、今度こそ改心して真っ当に生きるのよ・・って、貴方に言ってもダメかしらね」 「あははっ、善処するよ。 僕も、今回のはちょっと学んだからね」  ??さっきから、何だか・・含みのある言い方だわ。  まるで本当に今生の別れを言われているみたい。サイコパス(第2王子)でも悲観的になることがあるのね。    扉を開けて、出ていこうとしている私の背中がじっと見らている気がした。目隠しをされているというのに、足音に耳を澄ませて映像を焼き付けようとしているみたいに。  これ以上、話す気なんて無かったのだけれど。  私は部屋を出る前に、何となく足をとめた。 「・・」 「どうしたの? 何か、僕に言っておきたいことでもあった?」 「ーーありがとう」  蚊の鳴くほど小さなお礼の言葉。  シン・・と静まり返った室内に訪れた沈黙に、第2王子が驚いているのを悟った。  身じろぎ一つもしないその様子が何だかおかしくて、ライザはふっと息をはく。 「ほんと、今日のあんた。珍しいことばっかりね」 「いや、まさか僕も。お礼を聞けるなんて思ってなかったからさ」 「勘違いしないでよね。 貴方のやったことは全部、見当違いで間違いで迷惑だったわよ」 ーーだけど、あの時。 「・・あの時、人から軽蔑されることだとわかっていて、自らの手を汚し、人に知られるリスクを犯したのは、全部私の為だというのは本当で、貴方なりの真心だったんでしょう?」 「・・・・」  反応がない。  今、この第2王子が何を考えているのかは私には見当もつかなかった。 「――じゃあ・・。 私は、もう行くね」 ♢♢♢ ーーパタン  閉じられた扉の音を聞いて、第2王子は床に腰を下ろして、壁へともたれ掛かった。  本人に言ったら嫌がられるとは思い、口にしなかった言葉をポツリと呟いた。おねぇさんは、僕のことが大嫌いで、今世では断トツに絶対に会いたくない奴だっただろう。  けれど。  僕は、そんなおねぇさんが・・嫌いじゃなかった。  むしろ、おそらく僕は彼女のことが――・・ 「さようなら、おねぇさん」  人知れずポツリと呟いたあとに、目隠しが緩んだことに気が付いた第2王子は顔を上げた。 「――やぁ、お疲れ。 ずっと見張ってたね」  中途半端に開いた扉の先に居る人物に話しかけてみたけれど、返事は期待していなかった。けれど相手の反応など期待はせずに、ひたすらに話しかけた。 「君、精霊であればなんでも・・人の霊すら操れるんだろう?てことはさ、消すことも造作ないんでしょ」 「・・・ーーわたしは、何もしない。 何かをして霊が消えるとしたなら、その霊が生前重ねた悪行に人の恨みを引き受けたときだけ。それを人は〝呪い〟と言っている」  思わぬ反応がきて、一瞬黙って目を瞬いた後に問いかけた。 「難しくてよくわからないけど。 その〝呪い〟っての、精霊使いの君なら打ち消すことが出来るんじゃないの?それが君の仕事でもあるんでしょう?」   こない返事は、質問への肯定を示していた。  ーーでないとさ、君の言う理屈だけだと、僕が転生出来た意味がわからないだろう。  もしも呪いで転生が出来ないとしたなら、大半の人間が転生なんか無理だろう。  人は、生きているうちに多かれ少なかれ、誰かには恨まれたりするものだ。  けれど、そうならないのは他人の呪いと言うものを浄化して輪廻転生を円滑にする存在がいるからだ。  例えば・・ーーこの世界で言うなら、アウステル公爵のような存在が。 ーーでも成程。  あくまで君は、何もしないつもりか。  君は、今生において愛する者に嫌われるようなことは何一つしていない。何も憂うことはなく、彼女に愛されようとしている。  ことは何もせずに邪魔の者を全て排除するというのか。  ははっ。高潔の魂を持つと言われている精霊使いが、誰にも予想のつかないほどに、何て用意周到で一部の隙も無い計算を先々までしているんだよ。  ――ねぇ、おねぇさん。  もしかしたら、僕よりも随分と厄介な人に目を付けられているんじゃないかな。 「はぁ・・誤算だったな。  こんな厄介な存在におねぇさんが気に入られてるなんてさ」    公にはされていないようだけれど、僕が皇帝の血を引いていないことは、もう皇族内では知られている。  第2妃が、身元すらわからない男との間に急いでこしらえた子供だ。    そんな僕が、皇族である第3王子と第2妃を殺してしまったのだから、生半可な刑罰では済まないだろう。今世での寿命もあとわずかということだーー・・。  そして、もう僕は来世でも、おねぇさんに会うこともないのだろう。  
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