第一話 ワンダリング明治

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第一話 ワンダリング明治

 「女子が一人であんパン買うなんて、はしたなかったかしら」  自転車をこぎながら、菜々子(ななこ)はひとりごちた。  時は明治。街の明かりが、ガス灯から電灯へと変わり始めている頃である。  「ま、いっか。明日から避暑だから、しばらく東京のオヤツは食べられないもの」  あつーい、と言いながら菜々子は編上げブーツでペダルをこぐ。  黒目がちな瞳にバラ色の頬、そしてさらりとした長い髪を持つ菜々子は、おとなしくしていれば可愛い女の子だ。  しかし残念なことに、菜々子はおとなしくなどしていない。髪を赤のリボンで結び、菫(すみれ)色の女袴をはいてどこへでも出かけてしまう。 結局、そのおてんばぶりで見た目は帳消し、周囲の者は菜々子が可愛い女の子だなんて思っていないのだった。  もうすぐ家につくという時だった。 菜々子は、道にしゃがみこんでいる、幼い女の子に気付いた。女の子は、一生懸命に雑草をかき分けている。  (落し物かしら)  思わず自転車からおりて声をかける。  「何を探しているの?」  女の子は顔を上げた。目に涙をためている。  「あのね、秋桜、探してるの」
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