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序章
「じゃあな、桂木」
「また明日な!」
雨の音に混じって、少年達の元気な声が部屋の中まで聞こえてきた。
桂木涼真は、慌ててタオルを持って表へ出た。
玄関を開けると、そこにはランドセルを背負いずぶ濡れになった孫 透真の姿があった。
「そのままだと風邪をひく。風呂、入ってくか?」
透真は首を横に振った。
「じいちゃんの顔、見に来ただけだから。ったく、予報になかったじゃんよ」
「にわか雨だ。夏にはよくある」
透真は濡れた髪をかき分けて、祖父の顔を見ると「また来るよ!」と言って、駆けて行った。
雨はまだ続いている。
涼真は少年を見送ってから、手の中の使われていないタオルを見下ろした。
「まったく」
落ち着きのない孫にあきれながらも、自分の若い頃と似ていることがどこか嬉しかった。
涼真はそのまま部屋に戻る気にもなれず、雨の香りの中にいた。落ちてくる雨粒は玄関前のオモトの葉を大きく揺らしている。
涼真はそれを見ながら、ある夏の日を思い出していた。
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