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ボキッ。
篠崎は握っていた割り箸を真ん中から折った。
千晶との情事は全く想像できなかったのに、紫雨との濡事は安易に想像できる自分に腹が立つ。
それに――――。
『紫雨さんの顔、思い出したら………!!』
先日、笑い転げた新谷の笑い声を思い出す。
時庭展示場で過ごした日々の中でも、あんなに大声で笑ったのを見たことがない。
(もしかして、こいつら―――)
そう考えると、あんなに時庭のメンバーに懐いていたように見えた新谷が、一言の抵抗もなく天賀谷展示場に配属になったのも、原因はわからないが、紫雨のせいで負った怪我を篠崎に隠そうとしたのも、激昂した客を前に、紫雨を庇ってかわりに殴られたのも、全て説明がつく。
(ーーーこいつと、紫雨がねえ…)
長考している間にすっかり温くなってしまったジョッキを持つと、その指を追うように新谷がこちらを見つめた。
「———なんだよ」
ちょっと棘のある言い方で言うと、新谷は潤んだ目でこちらを見上げてきた。
「マネージャー、本当に今まで、ありがとうございました」
まだ脳裏にチラつく紫雨との濡事のせいで、言葉通り素直に胸に落とし込めない。
「ああ。頑張れよ」
「はい……」
モジモジと、新谷が男にしては小さくて白い手を出してくる。
(———まあ)
篠崎は息をついた。
(こいつがゲイだろうと、紫雨と関係をもとうと、数か月間一緒に戦ってきた仲間であることには変わりはない。
こいつに教えられたことも多々あったしな)
要らない感情を取り払って、篠崎はその弱々しい手を力いっぱい握った。
「あっちに行ってもお前はお前だ。信念を貫けよ!」
「———はい」
新谷の大きな目から涙が一粒、そしてもう一粒流れ落ちてくる。
「おい、泣くな。男だろ!」
(ーーーゲイだけど)
心の中で突っ込みながら篠崎は笑った。
いつの間にかこちらに耳を澄ませていた他の4人が拍手をする。
しかしその音もろくに聞こえていないような新谷は、もう一度こちらを見つめると、まるで懇願でもするように、篠崎の手を握り返しながら言った。
「篠崎さん。一度でいいので、俺を抱いてください」
篠崎と渡辺と猪尾の平手打ちが同時に新谷の頭にヒットし、彼は両手で頭を抱えて項垂れた。
腹の奥から笑いが込み上げてくる。
他のメンバーも吹き出した。
まだ頭を抱えて涙目になっている新谷の頭を手ごと撫でながら、篠崎は笑った。
(こいつは、大丈夫だ。俺がいなくても。周りを巻き込みながら、真っ直ぐな道を切り開いていける奴だ)
篠崎は心から安心して、残りの酒を飲みほした。
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