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第7話 毒舌ぽちゃ子
あれから遥から返信はなかった。もう終わったなと思った。ジ・エンド。それでも一応『今日も行けません』と送ってみた。僅かな期待を込めて。すると今回は『わかった』と返信がすぐに来た。怒りがわいた。
「わかった? 何もわかってないじゃん!」
口走った言葉を耳で拾って、「もう本当にダメかもしれない」と遥かとの不穏な未来を感じ取り呆然としていたら、ぽちゃ子から連絡。
『友達と遊ぶ約束が入った! 突然だけど今日はキャンセル。ごめん! それに、私はもう東京の生活に慣れたよ。週末は遥さんとの時間にたっぷり使ってね!』
小さなため息をつき、『OK』と返信をした途端にチャイムが鳴った。モニターには遥が映っていた。突然の訪問。ノーメイクだし部屋着のロングワンピースだけ着ているし……と一瞬うろたえたけど、急いで玄関に向かった。
ドアを開け、
「どうしたの?」
と訊くと、
「君に会いたくて来たんだけど。いい?」
と言い、玄関に入りドアを閉め振り返った彼は笑顔だった。遥の笑顔を見るのが久しぶりで、それだけで胸がいっぱいになった。
笑顔のまま遥は、
「俺、ぽちゃ子ちゃんに怒られちゃった!」
と唐突に言った。
「え?!」
と目を丸くして驚く私を見て遥はくすくすと笑い、「妹さん、恋してるんだってね。だから恋の辛さもわかるんです!って。さすがは毒舌ぽちゃ子だな。ほら」と見せてくれたスマホ画面。
『お久しぶりです。お元気ですか?』
『うん。元気です。ちょうど今日、大きな仕事が片付いてほっとしているところです。』
『じゃあ良かった。実は、姉の様子がずっとおかしくて。東京に引っ越してから最初は心細くて会ってもらってたんですけど。その後は姉が心配で……」
遥はスマホをポケットに仕舞うと、「ぽちゃ子ちゃん良い子だな。本当にごめん。一方的に甘えた」と謝った。その雰囲気と言葉のチョイスで、ぽちゃ子が何を言ったのかすぐに想像ができた。
「うん。壮大なボランティアでしたけど……」
と私が答えると遥は笑顔で両手を広げた。抱きつくと遥の体が少し痩せてしまっているのに気づいた。疲労がまだ残っている体。それを感じ取ると、“分かってほしかった”という怒りがあっという間に消えていった。
「寂しいって正直に言えばよかったかも……」
呟くようにそう伝えたら、
「……どうかな? 憔悴しきってたから答えてあげられなくて。逆に追い詰められたかもしれない。我慢してくれてありがとう。ぽちゃ子ちゃんに怒られてから有給取って。回復してやっとここに来れたくらいだもん。これからちゃんと埋め合わせするから……。寂しい思いさせて本当にごめん。これからも、俺の彼女のでいてくれますか?」
と真摯なトーンの返答。
彼の肩の上で頷いた。遥の両手が私の背中をさすってから、くびれをなぞった。それだけで空っぽだった私の心は潤い始めた。幸福。遥から愛されている。もうそれだけで、私は報われてしまった。
《了》
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