2人が本棚に入れています
本棚に追加
第1話 妹
「結婚なんて壮大なボランティアじゃね?」
そう吐き捨てるように言った私の妹のあだ名は、毒舌ぽちゃ子。
「お姉ちゃんは、そうは思わない?」
答えに一瞬迷ったが、微笑み、
「好きでサポートしているんだから、いいんじゃない?」
と無難な答えを投げたけど、ちくりと心が傷んでいた。だって、私は彼のサポートをするのにもう疲れているから。ぽちゃ子は、私の返事に怪訝な顔をし黙って烏龍茶を一口飲むと、
「しっかし、なんなん?! 大学入ると女子って男と付き合うことしか考えないの? 男って友達だと楽。だけど付き合うと急にボランティアしなきゃならないのが嫌!」
なぜそんなに否定的に言うのかわからず、「ボランティアって?」と真意を尋ねてみると、ぽちゃ子は鼻息荒く答えた。
「毎晩付き合わされて体を壊してる子もいる。可愛そうだわ~。ちょっと可愛いとすぐに遊ばれる。ね?! ツイッターの裏アカウントで “彼女できた。お風呂入るのも、一緒に寝るのも全部タダでしてもらえるから、いいよね!”って呟いてたんだよね。ほらな。恋愛も壮大なボランティア!」
怒り心頭ぽちゃ子から目を逸らし、なるほど、と頷きながらアイスティーを飲んだ。確かにボランティアかもしれない。私の彼ーー遥は年上。彼の仕事が忙殺的スケジュールだからとはいえ、毎週日曜日、彼の洗濯、掃除、夕食作りを半年も続けると、私は時給をもらえない家政婦みたいだなと思うときもある。
「寮母のごはん、味濃いんだよな。だからお米食べる量が増えちゃった。太る太る!」
また少し太ったぽちゃ子の二重あごは重たそう。カフェのクーラーの真下にいるのに鼻の下にはうっすらと汗。
東京の大学に4月から通い始めた妹と、週に1度は会う約束をしている。寮生活をしているし問題がないけれど、親が心配をしているのだ。あの子は少し変わっているからって。
ぽちゃ子もこの週1のカフェタイムは気に入っているようだ。毎週、大学生活や友人のことなどを喋りまくり、ガス抜きをしているんだろう。そんなぽちゃ子は、「お姉ちゃんとはアナログ的な関係でいたい」と言う。だから、平日に彼女から連絡が来ることはない。
「それでさ。バイト決まったんだ」
妹は笑顔を向けて報告をした。
「ずっと気になっていたケーキ屋さん! めっちゃ美味しいんだよ。Beっていうところ。そこが求人していた。すぐに連絡したんだ! 面接でめっちゃ気に入られたんだよね! えへへ!」
「よかったね。良い経験になるよ」
「うん。頑張ってみる!」
ぽちゃ子は、いい子だ。本当に。ただ、不条理に対して強い反発をおぼえ、それを表現してしまうところがある。だから基本的に毒舌。それで家族はヒヤヒヤしてしている。
妹の魅力をよくわかってくれる人はいつもちゃんといて友人関係はうまくやっている。でも小さな頃からの彼女を思うと、バイト先でちょっとでも不条理だと思ったら突っかかるのではないかと心配になった。
◇
妹と、カフェの前で手を振り別れた。ぽちゃ子のぽちゃっとした後ろ姿ーー明るい黄色いロングスカートに白いトップス。足元はコンバース。洋服のセンスは、とても良いと思うーーを見送ってから、私は遥のマンションへと歩き出した。
最初のコメントを投稿しよう!