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一話 見えるキズナ
俺は、宮原建志(みやはらけんじ)。高校二年だ。
突然だけど、俺はアルファとオメガの「番」になる二人を見分けられるというチカラを持っている。
顔見てたら何だかピンと閃くんだ。
あ、こいつらひっつくな、って。ただ「番」になることが明確に分かったときは特別なサインが出る。
今までに数組、当てたことがあるんだ。
幼馴染のコウイチとユキとか。学校の先生の山下と高田。あと何人いたかな…
俺だけがわかるサインに気づいて、そろそろだろうなって見ていたら、ある日首筋に噛み跡があって。二人は「番」になるわけ。
あー、また当てちゃった、みたいな感覚になる。
まあ、当てたからって何の得もしないチカラなんだけど。
俺はベータだから、アルファとオメガのような強烈な「番」はいない。自分に使えないチカラなんて、どうでもいいんだけどね。
困ったのは、俺の親友二人が「番」になることが、見えてしまったこと。
アルファの南貴暁(みなみたかあき)とオメガの今村陸(いまむらりく)。
二人は中学からの腐れ縁で、三人で今でもよくつるんでいる。
数年前、第三の性の検査をした時に、二人がそれぞれアルファとオメガってことが判明した。オメガに対する偏見が酷かったのは数十年前の話。今は人権団体のお陰で法改正が成され、今や偏見はほとんどない。
それでもオメガ特有のヒートの時は抑制剤を投与し、休暇が義務付けられている。
それは今や女性の生理休暇と同じくらい、社会的に認められているのだ。
貴暁も陸も、自分の性に初めこそ驚いていたが、急に性格が変わるわけでもなく今まで通り三人で過ごしていたんだ。
それがある日、突然、俺の目に見えたのは二人が運命の「番」であるということ。
赤いオーラのようなものが二人に見えて来たら「番」になるサインだ。
初めは驚いて、何度も何度も二人を見たけどやっぱり消えない。
二人がお互いに恋愛感情を持っているようには思えない。むしろいつもイタズラばかりしている二人だったのに…
だけど最近、陸の様子が少しおかしくなっている。
「建志、何してんの」
放課後の教室で、俺はぼーっと陸の顔を見ていたら、陸が不思議そうにそう聞いてきた。
「あっ、夕食何にしようかなって。親が今日いなくてさ」
「呑気だなーお前」
はははと笑う陸。背が低くてパーマをかけている陸。まるで子犬のようだ。
可愛い顔をしているのだけど、性格はものすごく頑固。オメガという判定をされても『だから何』と鼻で笑っていた。
陸は何か思いついた顔をして、手を叩いた。
「夕食、作ってやる!家に来なよ」
陸は一人暮らしをしている。両親が中学生のころ、事故で亡くなった。高校に入るまでは親戚の家に住んでいたのだが、今はアパート暮らし。
「え、でも突然だし…」
「何言ってんの、建志と俺の仲じゃないか」
僕の肩を掴みながら笑う。ふと背後に人気を感じて振り向くと、そこに貴暁が立っていた。
メガネをかけた背の高い貴暁。メガネを外さなくても分かるイケメンだ。さらにアルファ独特のオーラが最近強くなってきて、女子にモテモテ。
「建志、陸の手料理食べに行くの」
そう聞いてきたので、僕は肩にあった陸の手を振り解いて頷いた。
「うん。陸が作ってくれるって。貴暁も食べたい?」
「陸の料理は美味いからな」
「じゃあ、陸!貴暁の飯も…」
陸の方を向いた俺は、あっ、と思った。
陸は手を口元に当てて、うなだれてる。顔が少し紅潮していた。
最近、たまに見かけるこの様子。たいてい、貴暁がいる時に出てくる。
(意識しはじめてるよなぁ)
陸のこのような仕草が出始めたかのは、数ヶ月前から。
「番」になるであろう貴暁と陸。
多分、陸が自分でも気がつかない間に、貴暁に惹かれてきているのだろう。
(恋するオトメかよ)
そんな陸の様子が可笑しくて、俺はついからかってしまいたくなる。
「陸ー何赤くなってんの」
「う、うるさいッ!貴暁は家でご飯あるでしょ」
くってかかる陸を見ながら、貴暁は笑いながらこう言った。
「俺も陸んち、行って飯食べさせてもらおうかな」
その笑い方が、妙に優しくて…
(こっちは恋する男子かよ)
「た、貴暁は来週の誕生日にケーキ、焼いてきてやるから!」
俺は二人を見ながらニヤニヤしていた。
とにかく二人は、もどかしい。
まあまだお互いに意識し始めたくらいだから、当然なのだろうけど。
こっちは「結末を知っている恋愛小説」を見ているようなものだから、二人の様子がほほ笑ましいやら、イライラするやら。
友人二人が「番」なんて、嫌悪事案になりそうなものだけど、俺は貴暁も陸も大好きだからあっさり受け入れてしまった。
あとは当人たちがくっつけば…まあ、余計なお世話だけど。
万が一、他のアルファが陸に近づいてきてうなじを噛んでしまったら。貴暁は運命の番のいないアルファとなってしまう。せっかくこんなに近くに居るのに。
それだけはどうしても避けなくては!
俺はある種の「使令」のようなものを感じていた
「『番』なんて、都市伝説なんじゃねえの」
フラペチーノを飲みながら、草野は気だるそうに答えた。
帰宅部の俺は、陸上部の貴暁と、弓道部の陸とは別に帰る。大抵、一緒に帰るのはこの草野だ。
草野は、俺のこのチカラを知っている唯一の友人。
ただ、半信半疑だ。まあ無理もないか…
「でもさ、山下先生と高田っち、当てたじゃん俺」
「あれはビビったなー、高田っちの親が学校に乗り込んできたもんな。あんだけ派手にうなじに跡がついてちゃ、親も驚くな」
クラスメイトの高田と、副担任の山下が「番」となっていたのは三ヶ月前。俺は発覚前に、この二人も見事に当てたのだ。
「それにしても南と今村ねえ…、お似合いっちゃお似合いだけど」
ポテトをつまみながらそう言う草野に俺は頷いた。
「だろ?俺はアイツらに無事『番』になってもらいてえんだよ」
俺は自分のポテトがなくなってしまったので、草野のポテトをつまんだ。
「ふーん…、あ、でも確かに気をつけておいたほうがいいかも」
ポテトをつまんだ手を叩かれた。いてえ。
「何で」
「今村、弓道部だろ?転校してきた奴がさ、弓道部員らしくて。しかもゲイ疑惑つきのアルファ様らしいぜ」
「え?マジで?」
翌日。
弓道部の稽古場を覗きに言った。校庭の端にある弓道場は外からでも的を射る姿が見える。それをいいことによく女子が部員目当てに見学をしている。
「今村先輩、袴姿かっこいい…」
集まっていた女子のお目当はどうやら、陸のようだ。かっこいいだろ、そうだろと頷いていると奥の方から声がした。
「でも、新しく入ってきた岸先輩もかっこいいよー」
ショートカットの女子の言葉に俺は思わず、弓道場を覗き込んだ。
その岸とやらが、草野の言う「ゲイ疑惑のあるアルファ」なのだろう。
覗き込んだ先にいたのは、弓道部にふさわしくなさそうな、茶髪の長髪。背が高くて袴が異様に似合っている。コイツが岸か。
ちょうど弓を引いて的に向かい矢が放たれると、吸い込まれるように、的の中心に刺さった。きゃあ、と女子たちが黄色い声をあげる。
むむ、確かにかっこいい。だけど、陸の方がかっこいいぞ!
弓を下ろして、岸が振り向くとその先に陸がいた。何やら岸の方から話しかけて談笑している。あああ、何話してんだ!
「建志」
「うひゃあ?」
背後から急に名前を呼ぼれて、俺は変な声を出してしまった。
振り向くとそこにいたのは貴暁。貴暁の所属する陸上部の部室は、弓道部の裏にある。
「何見てんだ?」
「弓道部、たまたま通りかかったからさあ」
「たまたまって、校門と正反対だぞここ…」
ヒュン、と矢が放たれた音がして振り返ると、トンと的の真ん中に矢が突き刺さる。
矢を放ったのは、陸だ。
「さすがだな」
笑顔になった貴暁だが、その後すぐに硬い顔になった。
陸がまたあの岸と話しかけられていた。そして頭を撫でられて、笑顔を見せていたから。
「…誰?アイツ」
少しだけ、声のトーンが落として俺に聞いてきた。
「岸って奴らしいよ、転校してきたって草野が言ってた」
「ふーん」
明らかに面白くない顔をして、貴暁はその場を後にした。
あああ、やばい、俺がこんなとこにいたせいで…
それにしても陸、なんでそんな奴とイチャイチャしてんだよ!
それからというもの、岸は何かと陸につきまとっていた。
部活だけではなく、休憩時間にもクラスが違うのにわざわざ教室まで訪ねてきたり。
「岸、この前言ってた漫画持ってきたよ」
「マジで!ありがとなー!」
頭をなでてみたり、手を繋いでみたり。
俺は隣に座っていた貴暁を見る。平気そうな顔をしながらも、目が二人を追っていた。
陸が岸と別れて戻ってくると貴暁が、陸に聞いた。
「最近、よくアイツ来るな」
「ああ、岸?なんか話が合うんだよね。好きなバンドも同じだしさぁ…って、何?何でそんな不機嫌な顔してんの」
「別に」
(ヤバイやばい)
貴暁と陸の間に不穏な空気が流れていく。
「…僕が誰と仲良くなろうが、貴暁に関係ないだろ」
「何も言ってないだろ!」
立ち上がった貴暁に、陸と俺は驚いて見上げた。
「…トイレいってくる」
貴暁がいなくなって、陸はため息をつく。
「何だよ、アイツ」
「妬いてんじゃねぇの」
シレッと俺は爆弾発言をしてやった。そしたら、陸は俺の方を見て驚いたような顔をした。
「え、ちょ、何で」
「だって貴暁とすっげぇ仲いいじゃん。お前らお似合いだからさ」
陸の顔が少し赤くなる。
それを俺は単純に、照れているだけだと思ったんだ。
それから。
俺の願いは虚しく、だんだんと二人の仲がどんどんギクシャクしてきた。
陸は相変わらず岸とつるんでる。逆に貴暁と陸は二人でいる所を見なくなってしまった。
三人で教室でいる時も、俺とは話をするのに二人は殆ど話をしない。
「宮原ぁ、あの二人どうしたんだ?」
帰り道。草野にそう言われて俺は頷いた。
普段そんなに仲がいいわけでもないクラスメイトにそんなことが分かるくらい、二人の雰囲気が悪いのがバレている。
「わかんねぇ」
「…あのさ、俺この間みたんだけどさ。たまたま視聴覚室の前を通りかかったら今村の声がして」
草野が見た光景はこうだ。
視聴覚室の中から大きな声が聞こえて、思わず足を止めた草野。
教室の中から出てきたのは陸だった。珍しく怒りをあらわにした顔で、中にいる誰かに怒鳴りつけていた。
『もう僕に構うなッ!』
投げ捨てるようにそう言うと、一目散に廊下を走って行った。
教室の中にいた誰かは陸を追うこともしない。草野は通り過ぎる振りをして、中を覗きこんだ。
そこに居たのは苦々しい横顔をした、貴暁だった。
「なんでだろ…」
「わかんねぇけどさ、今、仲が悪いのは岸のことだけじゃねぇんじゃないか?」
草野は頭をかきながら、そう呟いた。
(貴暁に聞いてみるかな…)
その日はちょうど陸上部の部活がない日だった。
草野が風邪で休んでいたから、ちょうどいいや、と貴暁に一緒に帰ろうと俺は声をかけた。
「久々だな、建志と帰るの。お前部活してないけど身体鈍らない?最近太ったんじゃね?」
「う、うるさいな!大丈夫だよっ」
ハハハと笑いながら歩く貴暁。こうして話してると全然普通なのに…
「なあ、貴暁…ちょっと聞いていいか?陸のことなんだけど」
言った途端、貴暁の顔が固くなる。眼鏡の奥の瞳が少しだけ睨んだように感じた。
「何?」
「何で最近、陸と話してないの?何があったのか?」
貴暁は小さなため息をついた。
「…陸に呼び出されたんだよ。突然、自分に話しかけないで欲しいって。きつい口調でな」
俺は思わず息を呑んだ。あのいつも明るい陸が?
「一緒にいたら迷惑なんだと、さ。いらない噂が広まるからって」
「いらない噂?」
「俺と陸が付き合ってるとか、恋愛してるとか」
それを聞いて俺はギクリとした。もしかして、それはあの日陸に言った…
『だって貴暁とすっげぇ仲いいじゃん。お前らお似合いだからさ』
真っ赤になった陸の顔。確かに陸は貴暁のことを思っているはずだけど…
もしかしたら、俺はやりすぎたのかもしれない。
番のはずだからと陸がそんな気持ちになる前に、煽るようなことを言って…
「建志?どうした?」
「あ、ああ何でもない」
鼓動が早くなってきて、冷や汗が出てきた。どうしよう、俺の余計な一言が陸を追いやったとしたら。ギュッと握った拳が痛い。
「俺…正直、陸がよく分からないんだ。この前まで普通に過ごしてたのにな。前も一回、こんなことがあっていつの間にか元に戻ったんだけど」
「…前?全然気がつかなかった」
「あの検査の後だよ。俺がアルファであいつがオメガってわかったあと。あまり何も言わなかったけど、避けてたのは分かった。多分あいつの中で『オメガ』だってことが嫌だったんだろうな」
貴暁の言葉が胸に突き刺さる。陸は一度もオメガだからといって卑屈になるようなことは言ったことがない。むしろだからなんだって、笑っていたけど…
本当は気にしていたのかもしれない。
俺の言葉は「アルファの貴暁にはオメガの陸がお似合いだ」と、変換されてしまったのだろうか。
翌日から陸は学校を休んだ。
ヒートに入ったオメガに対して、学生でも休みを取ることが義務化されている。何かと問題が起きるので未然に防ぐためだ。
否応なく陸はオメガなのだと、気付かされる。
本人はどれだけしんどいのだろう。
陸がいない間、貴暁は十八才の誕生日を迎えた。
去年は三人、貴暁の部屋で、ジュースで乾杯したっけ。
「なあなあ、宮原。谷村さ、確か例のアレで休みだよな?」
今日の授業が終わり、帰ろうとした時草野が駆け寄ってきた。
「ああ休みだよ」
「…さっき見かけたんだ。岸に声かけられてたけど大丈夫か、あいつ」
「は?何で…」
「匂いはしなかったから、制御はできてるだろうけど、そりゃベータの俺だから匂わなかっただけで…アルファの岸じゃ…」
「やべぇな」
俺は慌てて教室を出ようとした。後ろから草野の声が飛んでくる。
「弓道場だ、宮原」
「わかった!」
何でヒートになってんのに、学校に来てんだよ!
岸に会うなんて何かあったらどうするんだ!
お前の番は、貴暁なんだぞ!
息を切らしながら弓道場にたどり着いた。
校庭から見える、的のある場所からは中が見えない。俺が弓道場の入り口へと回り込んだ時。中からガシャン、と大きな音がした。
嫌な予感がして、俺は戸を開けて中に入った。
そこで見たのは…
うつ伏せになった陸と、覆いかぶさるように上に乗っている岸。二人とも驚いた顔をしてこちらを見ている。これはどう見ても…
「てめぇ、岸!陸に何してんだよッ」
俺は力任せに陸に覆いかぶさっていた岸を突き飛ばし、胸ぐらを掴んだ。
「えっ、ちょっと…!」
「建志!」
岸と陸の声がする中、俺は思い切り岸の頰を殴った。殴られた頬をさすりながらも、岸は笑っている。
「何笑ってんだ!お前、陸を襲って…」
その時、陸が叫んだ。
「落ち着いて、建志。これ偶然だから!そっちの棚から弓を取ろうとして僕が落っこちただけだよ!」
「…へっ?」
岸は、大声で笑い始めた。
「…ほんっとーに、ごめん…」
数分後。冷やしたタオルを岸に差し出しながら、俺は謝り通した。
襲われているように見えたけど、本当に襲われていなかったらしい。
ものを取ろうとした陸が倒れた先に、岸がたまたまいて重なってしまったらしい。
「熱血感も大概にしろよ、全く」
言いながらも岸は笑っていた。端正な顔の右頬が少し赤くなってしまっている。
初めて近くで見た岸は切れ長の目をしていて、目元に二つホクロがありそれが何とも色っぽい。こりゃ、モテるはずだ。
「だいたい、何で弓道場に来たの」
陸に言われて、ビクッとした。岸がお前を襲いそうだったから、なんて言えるか…。
「どうせアルファとオメガが一緒にいるから、危ないってとこでしょ」
岸が見事にズバリというものだから、俺は驚いた。
「…僕がオメガだって何でわかるの」
陸が言うと、岸が小さくため息をついた。
「二週間近く休むなんてヒートしかねえじゃん。それ以外は、お前あまりオメガに見えないけどな」
俺がジロジロ岸を見ていると、ニヤリと笑って岸が言う。
「後な、俺アルファじゃないからね。ベータだよ」
「えっ、でもそう言う噂…」
「噂は噂。勝手に勘違いしてるんなら、わざわざ訂正しなくてもいいでしょ。勝手に自分たちがアルファだって思い込んで噂してるだけなんだし」
もう冷えたからいいよ、とタオルを俺に返して来た。
「宮原くん、だっけ。君、友達思いなんだね。そういうの悪くないね」
「は、はあ」
「俺の噂、もう一つあるでしょ。ゲイだって」
「あ…」
「そっちはね、正解。だけど今村は好みじゃないから、安心して。単純に弓道の腕に感心してるんだ。どっちかと言うと俺は宮原君の方が好みかな」
へえ…え?今なんかすこいことさらっと言わなかった?
隣にいる陸もギョッとした顔を見せた。
「まあ、これを機に仲良くしてよ」
にっこりと笑う岸。その微笑みが同性でありながらもかっこよすぎて思わず、背筋に悪寒が走った。
弓道場から校舎へと向かいながら、俺は陸に謝った。
勝手にお似合いだなんて言ってすまない、と。それを聞いて陸は頭を振る。
「確かに僕、オメガだって聞いた時、これで二人と対等になれないんだってショック受けたんだ。でも二人は僕がオメガって分かっても今までと同じように接してくれた。それが嬉しくて。ただ、僕と噂になることで貴暁に迷惑がかかるんじゃないかなって…」
ふと笑う陸は少し寂しそうだ。
「運命の番が登場した時に、僕がいたら貴暁は迷惑だろ」
「…お前、貴暁のこと好きなのか」
俺はつい、考えもなしに言葉にしてすぐ後悔した。陸は一瞬、驚いた顔を見せたけど、すぐに笑う。
「建志はすごいね、なんでも分かっちゃう。うん、僕、貴暁が好きだよ」
ごそごそと陸は持っていたカバンから、箱を取り出した。両手で包み込める位の箱だ。
「貴暁に、ケーキ渡したかったんだ。あいつ誕生日だったでしょ」
「…それで学校に来てたのか」
はああ、と俺はため息をついて笑う。
何の恋愛ドラマだよ、青春マンガだよ。
お前らもう、デキてるじゃねえか!
「陸、ちょっと下駄箱で待ってて」
俺はそう言って陸上部の部室へと走り出した。
「り、陸?」
俺は部活帰りの貴暁を呼びつけて、陸に会わせてやった。まさか陸が来ていると思っていなかった貴暁はかなり驚いていた。
アルファである貴暁には恐らく陸の「匂い」が少し、香っているのだろうか。さっきから鼻をこすっている。
「お前、ヒート…」
「誕生日のケーキ焼くって約束してたから、さ」
赤い顔をしてそう言う陸。陸もまた、アルファの熱に惹かれているはずだ。それはベータである俺には分からない感覚。
「俺は、草野と帰るからさあ。貴暁、陸を送って帰ってよ。このままじゃ、危ないだろ」
「あ、ああ」
お節介かもしれないけど、二人にはやっぱり番になってほしい。
いいや、番になると言うより、幸せになってほしい。
今までみたいに笑っていて欲しいんだ。
ああ、きっと僕は陸が好きだったのかもしれないな。
だから、幸せになって欲しいって思ったのかも。
「それで二人、一緒に帰ったの」
アイスクリームを食べながら、草野が俺を見る。
「うん。あとは知らん」
「ははは、無責任な奴」
俺はモナカをかじりながら笑ってると、草野が呟いた。
「で、岸はどうすんの」
「どうするって」
「好みって言われたんだろ?迫ってくるんじゃね?」
「やめろよー、俺は好みじゃねえ…」
「宮原くーーん!」
背後から聞き覚えのある声がして、俺と草野は振り向いた。そこにいたのは、少し頰の赤い岸だった。
「俺も一緒に帰っていい?」
かじっていたモナカを思わず飲み込みそうになって咳き込んだ。草野はアイスクリームを持ったまま、爆笑して、俺の代わりに岸に答えた。
「いいよ、いいよ、岸。俺いるけど、気にせずに一緒に帰ろう。なあ宮原」
こいつ、人ごとだと思って…!
「ありがとう!じゃあ遠慮なく」
嬉しそうな顔を見せながら近寄る岸。
これは今からめんどくさいことになりそうだ…と思っていたら、岸が俺の腕を取り、腕組みした。
「ベータ同士、仲良くしようよ」
「わ、分かったから、腕を離せ!」
【了】
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