昔は物を

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 始業時間に十分余裕を持って登校すると、ドアの近くに居た木村に声を掛けられた。 「お早う。なあ、中西級長、転入生が入って来るってホントか?」  眩しげに自分を見ながら――といっても、ほとんどのクラスメイトはそういった目で自分を見るので慣れている――クラスメイトが聞いた。 「ああ、本当だ」  ぶっきらぼうに唇をゆがめて返事をした。そのクラスメイトはその唇を見詰めている。というよりは顔から目が離せないといった感じだ。そういう視線には慣れっこだったので気にも留めない。 「こんな中途半端な時期に、しかも二年生から入ってくるなんて珍しいな」 「ああ、オレも驚いている。昨日学園長に呼ばれて『寮でも同室になるから宜しく頼む。色々事情があるのだ・・・』と思わせぶりに言われた。荷物ももう届いている」  ここは県下でも有数の私立進学校だ。しかも全寮制で男子校。殆どが中学部からの入学だ。高校入試でも数名は入学出来るが、それは中学の時に入るよりもより一層狭き門だ。    それが、高校二年の4月中旬に入学してきた例は、中西千秋が知っている限りでは皆無だ。進学校だから皆それなりの学力の持ち主なので、途中から入って来た人間は授業についていけない。だから、入学は中学受験と高校受験をクリアした者だけだ、原則は。 「えっ?」  級友が変な声を上げた。千秋は描いたように形の良い眉を跳ね上げてマジマジとクラスメイトを見る。 「中西級長と同室?」  私立学校には独特の呼び名がある。級長もその一つだ。公立校だったら「委員長」だろうし、成績に関係なく選挙で選ばれると聞く。しかし、この学校では級長はクラスで一番の成績を取った者が役目に就く決まりだ。 「仕方ないだろ。2人部屋しかないウチの寮で、特別に1人で一室使っているのはオレだけだし…」 「そうだな。理屈はそうなんだが…」  心なしか肩を落として去って行くクラスメイト、木村の後姿を見るともなく見ていた。木村は、一番同級生が集まっている机の付近に行き、何かを話している。すると、一斉に皆がこちらを見た。驚愕と…恨みがましい目をしている、全員が。  女子が居ない上に、最寄り駅のJRの駅は無人改札・・・駅には商店はなく、唯一商店と呼べるのは「キオ○ク」だけで、必需品は学校の購買部でしか買えないという環境から、千秋が学校のアイドルになってしまったのは仕方のないこととして諦めたが…。  千秋は別にこの男子校を他の生徒のように「進学率がいいから」などの理由で受験したのではなかった。父は名前を言えば誰でも知っている国会議員、母は銀座の高級クラブのホステスからママに昇格し、店を持っている。  ホステス時代、彼女の顔だけを拝みたいというだけで著名人が詰め掛けたそうだ。ちなみに千秋はその母に生き写しと言われている。  その父の愛人の座を射止めたのが母だった。もちろん妻子が居り認知はして貰えなかった。  だが、それ以外の援助は惜しみなく与えられた。昨今の政治情勢も厳しい中、女性関係も政治家に取っては命取りになる。だから進学先の中学・高校は東京から離れた全寮制の学校…というのが父母の思惑だった。それで東京生まれの自分が関西の片田舎の学校に入学を決めた。偏差値的にもこのくらいが適当だからという理由で。  男子校だと、千秋の美貌は目を惹く。(いや、男子校でなくても惹くだろう、男女共に)偏差値も自分がキープしていた数値よりも5ポイント落としたせいで成績はずっとトップだった。  中学でこの学校に入って以来、ずっと級長を務めている。告白されたことは数え切れないほどあったが――同性愛も一つの愛の形だと、愛に奔放な母を見たせいか思うようになったが――付き合いたいと思うほどに心を動かされる人間は居らず、恋人はずっと居なかった。そうこうしているウチに高校生となり、皆からは「高嶺の花・ビジン」と呼ばれていると聞いたのは誰からだったか?良く覚えていない。  予鈴が鳴り、担任教師が1人の生徒を伴って入って来る。担任も背は高い方だが彼はもっと背は高い。長い脚にバランスの取れた筋肉質の身体。そして特筆すべきはその顔だった。自信に満ち溢れた笑みを浮かべていたが、それが全く嫌味にならない。彼のどちらかと言えば太い眉毛や聡明そうで涼しげな瞳、整った鼻梁、薄めの唇が絶妙のバランスで配置されている。 「浅田雅浩(まさひろ)です。N高校から転校してきました。寮生活は初めてなのでご指導をお願いします」  低めのハキハキした声で挨拶すると、教室中がどよめいた。まさかN高校からの転入とは…と驚きの声だった。  千秋も同じだった。N高校は関西屈指のいや日本屈指かもしれない進学校だ。途中でドロップアウトをしてしまう生徒もいるとは聞いたことがあるが、この学校の編入試験に前代未聞の合格をしたからには勉強面で問題があったとは考えられない。  教師と共に教壇に立ち、クラス中を見回していた浅田雅浩は、千秋の顔を五分程見ていただろうか?その後、次のクラスメイトに移ったが視線の動きはエレガントだった。千秋の顔を見た人間は何かしら表情を変える。羨望であったり、嫉妬であったり…理由はさまざまだったが、彼は表情を変えることはなかった。 「このクラスの級長でもあり、寮でも同室の中西千秋君に分からないことは聞いてもらうとして…」  そう担任が締めくくると授業のチャイムが鳴った。彼の席はいかにも臨時で作られたというのが分かる最後尾だった。  何故だか気になって、消しゴムを落としたフリをして後ろを見た。彼は教科書だけは開いていたが、ノートを取ることもせず教師の授業をただ聞き流しているだけ…といった感じだった。千秋が振り向いたのが分かったのか、自信に満ちた笑みを浮かべた。慌てて前を向く。笑みを返す余裕もなかった。  この学校は全寮制ということも手伝って情報の伝達は早い。昼休みに職員室に呼ばれた千秋が学食に行くと、浅田の回りに人垣が出来ていた。何となく話してみたかったが、部屋が一緒なので、この機会は遠慮すべきだろうと遠く離れた席に座る。いつものことだが、トレーを持って移動してくる生徒達に囲まれた。
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