0人が本棚に入れています
本棚に追加
スマホのパスワードが思い出せない。
忘れちゃいけない番号だったはずなのに、思い出せない。
スマホのパスワードはなんだっけ?
自分の横にいる恋人に「パスワードわかる?」と聞いてみる。
恋人は寝返りをするだけでウンウンと唸っている。
「ねえ、きみならわかるでしょ?」
恋人の額には脂汗が浮いている。
起きる気配はない。
「まったく。きみってやつは、いつもそうだ」
真っ暗な部屋で眠りこける恋人を尻目に、スマホを片手にうーんと頭をひねった。
そのまま夜が明け、日が暮れ、また夜になって日が昇った。
痺れを切らしてスマホを放り投げた。
朝食の準備をする恋人に駆け寄った。
「なにをたべるの?」
恋人は何も言わず、戸棚からカロリーメイトとウィダーゼリーを取り出した。
それを無表情で貪っている。
「うわぁ、からだにわるそう」
恋人がふと視線を上げた。
その先には自分の写真が置いてあった。
写真の前にはたけのこの里が置いてある。
「めっずらしー! きのこの山派のきみが、たけのこの里を買うなんて」
恋人は写真の前に行くとお鈴を鳴らした。
チーンという独特な音がする。
「このおと、きらいだなあ」
恋人は線香まで焚き始めた。
「このにおい、きらーい」
恋人が肩を震わせる。
「どうしたー? だいじょうぶ?」
恋人の涙が膝にポタポタとあたって弾けた。
「…………もう少しだけ一緒に暮らしていたかった」
恋人が写真の中にいる自分の顔を撫でた。
「えぇ〜! ここにいるじゃん!」
「へんなの!」
「ははは!」
「……」
「ねぇ、なんで話しかけてくれないの?」
「ねえ」
「……あは。そっか」
「今、思い出しちゃったよ」
「スマホのパスワードは、自分の命日だった」
最初のコメントを投稿しよう!