忘れちゃいけないのに、思い出せない。

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スマホのパスワードが思い出せない。 忘れちゃいけない番号だったはずなのに、思い出せない。 スマホのパスワードはなんだっけ? 自分の横にいる恋人に「パスワードわかる?」と聞いてみる。 恋人は寝返りをするだけでウンウンと唸っている。 「ねえ、きみならわかるでしょ?」 恋人の額には脂汗が浮いている。 起きる気配はない。 「まったく。きみってやつは、いつもそうだ」 真っ暗な部屋で眠りこける恋人を尻目に、スマホを片手にうーんと頭をひねった。 そのまま夜が明け、日が暮れ、また夜になって日が昇った。 痺れを切らしてスマホを放り投げた。 朝食の準備をする恋人に駆け寄った。 「なにをたべるの?」 恋人は何も言わず、戸棚からカロリーメイトとウィダーゼリーを取り出した。 それを無表情で貪っている。 「うわぁ、からだにわるそう」 恋人がふと視線を上げた。 その先には自分の写真が置いてあった。 写真の前にはたけのこの里が置いてある。 「めっずらしー! きのこの山派のきみが、たけのこの里を買うなんて」 恋人は写真の前に行くとお鈴を鳴らした。 チーンという独特な音がする。 「このおと、きらいだなあ」 恋人は線香まで焚き始めた。 「このにおい、きらーい」 恋人が肩を震わせる。 「どうしたー? だいじょうぶ?」 恋人の涙が膝にポタポタとあたって弾けた。 「…………もう少しだけ一緒に暮らしていたかった」 恋人が写真の中にいる自分の顔を撫でた。 「えぇ〜! ここにいるじゃん!」 「へんなの!」 「ははは!」 「……」 「ねぇ、なんで話しかけてくれないの?」 「ねえ」 「……あは。そっか」 「今、思い出しちゃったよ」 「スマホのパスワードは、自分の命日だった」
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