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「麻美、今日の飲み会、楽しかった?」  駅に向かう道すがら絢子が口を開いた。 「うん、とっーても! ありがとう」  すれ違う中年サラリーマンと肩がぶつかりそうになるのを避けながら答えた。 「ちょうど一年経つのかな?お父さんが亡くなってから」 「そうだね。もうすぐ一周忌だから。時が経つのは早いよ」   去年の今頃は、仕事が終わると毎日父が入院する病院に通っていたことを思い出した。 「麻美が笑うと私も元気出るからさ」 「うん、絢子にはいつも感謝してます」 「ところで、松本さん、どうよ?」  絢子はいたずらっぽい目をして私を見た。 「うん、良い人そうだね」  真っ直ぐ前をみて正直に答えた。 「わかった。またセッティングを考えとく。じゃあね」  私たちは地下鉄の入り口の前で立ち止まった。 「うん、また明日」と私は手を振り、絢子は改札に向かう階段を足早に下りて行った。  横断歩道で信号が青に変わるのを待つ間、私は子供の頃の夏のある情景を思い出していた。  クーラーが嫌いな父は、お風呂あがりに扇風機を回してナイターを見ながら晩酌をしていた。 「パパ、その黄色いジュース、美味しい?」  冷えた瓶ビールをグラスに注ぎ、氷をたっぷり入れて満足そうに飲んでいる父の横に私はぴったりくっついて座っていた。 「すごく美味しいよ。麻美ちゃんにも飲ませてあげたいけど、今は駄目。大人になってからね」  お気に入りの野球チームが勝っていたから、父は上機嫌だった。  成人した私は、色んな人とお酒を飲む機会が増え、ビールに氷を入れるのは珍しい飲み方だと気付いた。なんでビールに氷を入れるようになったのか、氷入りのビールのどこが好きなのか、いつか聞こうと思っているうちに、父はあっけなく癌で逝ってしまった。  今度もし松本さんと一緒にビールを飲むチャンスがあれば、勇気を出して尋ねてみよう。父に聞けなかったことを。確信はないけれど、きっと答えは同じような気がするから。      
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