2人が本棚に入れています
本棚に追加
ソレと再会したのは夏の終わり頃だった。
家に遊びに来ていた友人が帰るとなったそのときに、急に雨が降り始めた。
友人は傘を持っていなかったので、私はあの空色の傘を貸した。
あの傘意外にも折りたたみの小さな傘を持ってはいたが、きっとこの雨量では雨を防ぎきれないだろうと思ったからだ。
あとで返しに来るから、と友人はそう言って空色の傘を差して帰った。
その日の夜。私は雨音で目が覚めた。
いや、違う。たしかに雨は降っているが、窓を叩くのは雨粒ではなく誰かの手だ。
恐ろしくはなかった。それがだれなのか、知っていたからだろう。
私はカーテンをよけ、窓を開けた。風と共に雨粒がいくらか舞い込んでくる。
ベランダに、ソレが浮いていた。夜の雨雲よりもなお暗い、新月の空のようなあの傘が。
「又貸しする方は、はじめてですよ」
傘の柄には、空色の傘が引っかけられている。
私は感謝するべきか謝るべきか判断できずにいたが、なぜかその声が悲しい響きをしているように思えて、謝罪の言葉を口にする。
「いいえ、そのような言葉は必要ありません。ただ、できることならアナタの手から……」
ソレはなぜか言いよどむ。
アナタの手から返してもらいたかった、だろうか。
私はなんとなく感謝の言葉を口にした。
その傘のおかげで、私は夏の雨が好きになった。
私の友人は濡れることなく家に帰ることができた。
だから、ありがとう、と。
傘が揺れた。風雨に揺られたわけではないだろう。
ソレが嬉しかったのか、それとも恥ずかしかったのか、虚を突かれただけなのか、私にはわからない。
「……実を言いますと、今日は傘を返してもらうつもりで参りました。もうすぐ夏も終わります。またべつの場所で、傘をお貸ししなければならない方がいるのです」
私はただ頷いた。私が返すべきだった傘は、すでにソレの手元にある。
私は、柄にかけられた空色の傘を指さした。
もう少しだけ貸していただけませんか、とソレの口調を真似て言ってみる。
「ええ、それは、かまいませんが……」
きれいに畳まれた空色の傘が、私の手元に下りてくる。
私はベランダに出て傘を開き、中棒を肩に立てかけた。
空いた右手をソレに差し出す。
散歩が終わったら、お返しします。
私がそう言うと、少ししてから私の手に何かが触れた感触がした。
それは人の手のようでもあり、乾いた布のようでもあった。
「高いところは、お好きですか」
ソレが言う。
私は大好きだと答えた。
最初のコメントを投稿しよう!