浮遊傘

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 ソレと再会したのは夏の終わり頃だった。  家に遊びに来ていた友人が帰るとなったそのときに、急に雨が降り始めた。  友人は傘を持っていなかったので、私はあの空色の傘を貸した。  あの傘意外にも折りたたみの小さな傘を持ってはいたが、きっとこの雨量では雨を防ぎきれないだろうと思ったからだ。  あとで返しに来るから、と友人はそう言って空色の傘を差して帰った。  その日の夜。私は雨音で目が覚めた。  いや、違う。たしかに雨は降っているが、窓を叩くのは雨粒ではなく誰かの手だ。  恐ろしくはなかった。それがだれなのか、知っていたからだろう。  私はカーテンをよけ、窓を開けた。風と共に雨粒がいくらか舞い込んでくる。  ベランダに、ソレが浮いていた。夜の雨雲よりもなお暗い、新月の空のようなあの傘が。 「又貸しする方は、はじめてですよ」  傘の柄には、空色の傘が引っかけられている。  私は感謝するべきか謝るべきか判断できずにいたが、なぜかその声が悲しい響きをしているように思えて、謝罪の言葉を口にする。 「いいえ、そのような言葉は必要ありません。ただ、できることならアナタの手から……」  ソレはなぜか言いよどむ。  アナタの手から返してもらいたかった、だろうか。  私はなんとなく感謝の言葉を口にした。  その傘のおかげで、私は夏の雨が好きになった。  私の友人は濡れることなく家に帰ることができた。  だから、ありがとう、と。  傘が揺れた。風雨に揺られたわけではないだろう。  ソレが嬉しかったのか、それとも恥ずかしかったのか、虚を突かれただけなのか、私にはわからない。 「……実を言いますと、今日は傘を返してもらうつもりで参りました。もうすぐ夏も終わります。またべつの場所で、傘をお貸ししなければならない方がいるのです」  私はただ頷いた。私が返すべきだった傘は、すでにソレの手元にある。  私は、柄にかけられた空色の傘を指さした。  もう少しだけ貸していただけませんか、とソレの口調を真似て言ってみる。 「ええ、それは、かまいませんが……」  きれいに畳まれた空色の傘が、私の手元に下りてくる。  私はベランダに出て傘を開き、中棒を肩に立てかけた。  空いた右手をソレに差し出す。  散歩が終わったら、お返しします。  私がそう言うと、少ししてから私の手に何かが触れた感触がした。  それは人の手のようでもあり、乾いた布のようでもあった。 「高いところは、お好きですか」  ソレが言う。  私は大好きだと答えた。  
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