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翌日、私は熱を出して寝込んだ。
カーテンや寝具がしっとりと湿っていたのもあるが、雨と風で体を冷やしたのが一番の原因だろう。
雲の上まで飛んでから、どうやって部屋に戻ってきたのかあまりよく覚えていない。
気づいたら自分の部屋にいて、しっかりと布団をかぶって眠っていた。
あの空色の傘はなくなっていた。
その日の夕方、友人が訪ねてきた。ドアの向こうでばつが悪そうに頭をかく友人を見て、気の毒ではあったが私は少し笑ってしまった。
友人はまさに昨日今日で借りた傘を無くしたことを謝りに来たらしい。
真新しい水色の傘を持っていた。
わざわざ似たようなのを見繕って買ってきたのだろう。
面と向かって謝罪するわけにもいかず、私はその律儀さに対して心の中で大いに謝った。
風邪を引いているからといって少々強引に帰そうとしたが、友人はしっかりと水色の傘をドアノブに掛けてから帰って行った。
黒い傘、曇り空、夕立、雷。そして、夏。
それに出会うたび、私はあの日のことを思い出す。
ソレと浮かんだ、月に照らされる灰色の海を思い出す。
ふと、立ち止まる。
向こうから傘を持たずに歩いてくる誰かがいる。
ソレに出会った日の私のように、髪の間からしたたる雨水をぬぐっている。
「おや、傘をお持ちではない」
なんて、仰々しい言葉は私の口からは言えないけれど、よかったら使ってと言って折りたたみの傘を渡すぐらいはできる。
知らない者から傘を渡されて受け取る人は少ない、けれどその人は少し驚いた顔でさしだした傘を手に取った。
その人はお礼を言って、傘を差す。折りたたみの黒い傘。
浮かび上がったりはできないけれど、しっかり雨を防いでくれる傘。
私はその人に手を振って別れ、帰り道を歩く。
八月三十一日の夕立。今年最後の夏の雨。
次はいつ会えるのだろう。
真っ黒で、少し恐ろしくて、ひどく優しい、あの素敵な浮遊傘に。
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