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「大変なことになった」
知的なメガネをかけた化学オタクの部長にイケメン顔で言われるまでもなく、それは私も理解していた。
「なにこれ! どうなってんですか⁉︎」
「騒ぐな、唾が飛ぶ」
冷静なふりをしているが、彼が私よりも興奮していることは分かっていた。
一歳年下の可愛い後輩と潰れかけの看板を掲げた化学部の部室で二人きり、しかも両手をしっかりと握り合った状態で見つめ合っている。思春期の男子ならこの上なく興奮すること間違いないこのシチュエーションだから──とは全く関係ない意味で。
「ついに……ついに完成したぞ! これぞ完璧な瞬間接着剤だ!」
五年間の研究が報われた! なんて、そっちこそ唾を飛ばしながら、部長の水上樹先輩はメガネの奥の目を潤ませている。
「お、おめでとうございます……」
手を叩いて祝福したい気持ちはあった。私の入部以前からずっと部長がライフワークにしていた【一度くっついたら絶対に離れない接着剤】の研究がついに実を結んだ瞬間に立ち会えたのだから。
さっきだって、二人で大喜びしてハイタッチしたばかりだ。
……そう、接着剤を手にした部長と、勢いよくハイタッチを……。
「いやああああ! 待って待って待って! これ、くっついてません⁉︎ 手のひら同士がくっついて……ええええええっ!!!」
「そうだ! もう離れないぞ! 何しろ、俺が作った究極の接着剤だからな! あーっはっはっはっは!」
笑っている場合か。
泣き笑いの私の頭上で、本日最後のチャイムが鳴り響く。
それは校門の閉められる合図だということを、否応なく私に思い出させる。
……これは本当に、大変なことになった。
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