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◇
「……うん。ごめん、急にマチの家に泊まることになったの。今あの子も大変な時期だから、力になりたくて。うん。大丈夫。じゃあね」
スマホを離した瞬間、ため息が出た。
親に嘘をついて外泊の許可だけはとった。とりあえず明日の朝まではなんとか時間を稼いだことになる。
窓の外の暮れゆく初夏の空を眺め、今が暑すぎたり寒すぎたりする時期でなくて良かったとしみじみ思う。雑魚寝をしてもとりあえず風邪をひくことはないだろう。
後の問題は──。
「ああ、すごいな俺の接着剤は! こーんなに振り回しても剥がれないぞ!」
困っていると見せかけて、顔面中に溢れる喜びが隠しきれていないお茶目な部長のテンションの高さだ。子供のように無邪気にブンブンと繋がった手を振り回すから、こっちの肩が痛い。
「困ったな、田宮くん。剥がれないよ、これ! ねえ!」
「はい……」
恋人のようにしっかりと握られた部長の右手と自分の左手を見て、私は複雑な気持ちになる。
……私は昔から、イケメンが好きだった。
あれは忘れもしない高校の入学式の日のこと。部活勧誘をしていた部長の笑顔にキュン死にし、何部であるかも分からないまま入部届にサインをしてしまった私は、それ以来、部長の助手として約一年、彼の研究に付き合ってきた。
その成果が、この【絶対に剥がれない瞬間接着剤】だ。
念願の夢を叶えて大喜びする部長は、私と二人きりでいることなど意にも介していないだろう。それがちょっぴり悔しい。
「部長、それよりどうします? 剥がそうとしている間に校門閉まっちゃいましたよ。私たち、学校に閉じ込められちゃったんですよ!」
実際のところ、剥がそうと努力していたのは私だけだ。部長はそんな私の行動に、「無駄よ、無駄無駄ア!!」と高笑いするばかりだった。
「朝まで……二人きりなんですよ?」
私はドキドキしながら上目遣いで尋ねる。
「まあ、いいじゃないか田宮くん」
部長はそんな私に余裕のある瞳で微笑みかける。
「この効果がどこまで続くか、一晩かけて検証することができるんだぞ」
ああ……と私は眩暈を起こす。
私、この人を好きでいて本当にいいのだろうか。
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