食堂はじめました。※愛娘限定

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 妻が入院した。 「ドラマで、お母さんの手料理を食べる機会が残り3000回くらいって言ってたよね」  と、娘。  彼女は今、弁当を詰めている最中だ。  作りだしたのは高校生になってから。  何日もしないうちに母親任せになるかと思っていた。  朝は慌ただしいからな。  が、弁当作りは社会人になった今も続いている。 「私はひと切れだけど卵焼きをお母さんに献上してるけどさ、それを手料理にカウントしても、お母さんの回数には全然届かないよね」  娘は卵焼きをおかず用の入れ物に手際よく入れていく。 「お父さんの手料理を食べる機会は何回あるかな?」  急に俺に水を向けてきた。 「そんなの自分で考えろ」  面倒くさ。 「考えろじゃなくて、お父さんが作らない限り、0回なんだよ」  ったく、いくつになっても生意気なやつだ。 「じゃあ行ってきまーす」  娘は弁当とカバンを持って出ていった。 「おい! 俺の昼メシはどうなるんだ!?」  俺は慌てて追いかけた。  すでに娘は家からだいぶ離れていた。 「それこそ自分でなんとかしてー!」  娘は叫び返してきた。  母親の代わりに、父親に昼メシを用意するのが娘の矜持じゃないか?  家に残ったのは在宅ワークの俺だけ。  本気で昼メシどうしよう。  いまいち仕事に集中できないまま昼メシの時間を迎えた。  娘は保温機能をオフにしていったらしく、炊飯器のご飯は冷めていた。  仕方ない。茶碗に入れてレンジでチンするか。  それにしても、俺の手料理か。  作ったら娘は喜ぶかな。  卵焼きしか作ってないからな、あいつは。  むしろ驚くかもな。  SNSで話題になっていたポテトサラダにしよう。手抜き料理の代表らしいし。  俺は仕事を若干早めに終わらせ、おそらく人生初の料理をした。ネットのレシピを参照して。  意外と大変だったが、なんとか完成した。 「ただいまー」  娘の帰宅時間に間に合った。 「おかえり」  俺は平静を装って言った。  娘はウマイって言うだろうか。  不安だ。  ふたりきりの食卓で「いただきます」と手を合わせる。  娘がポテトサラダを食べた。  俺も口にしたが、妻の作るものと何か違う。イモの影も形もなくて、やたら水っぽい。 「お店のやつみたいだね。味はおいしい」  娘は微笑んで言った。  ほめられて悪い気はしない。  しかも、味は、か。  もう少しがんばってみようかな。 「晩ごはん限定食堂」はじめました。
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