ダンジョンのラスボスに転生して100年。もうやめていい?

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 なんてことのない人生だった。  時には幸せで、時には不幸せで、でもちゃんと息が出来た。  地球という平穏な時代で、何不自由なく育ち、人生を終えた。  そんな私が生まれ変わったら、人間の敵である魔族になろうとは……。  そりゃ本で異世界転生を読んでいたから、来世に少なからず期待もしていた。  楽しい人生を、異世界で過ごしたいと。  しかし、現実はとてもダークだった。  異世界、アークシェント。  私の両親は、魔族。母親は私を産んで亡くなった。  そのせいか、父親には厳しく育てられたのだ。  それとも、後継者として、厳しく育てたかったのだろうか。  父親の名前は、ダリアオン。悪の四天王の一人、あるダンジョンのラスボスである。  巨体な身体に鋭利な牙とツノを生やし、大剣を振り回す大男だった。  魔族は人間の敵だった。魔物を操る力を持ち、優れた魔法も扱う。ダンジョンを生み出したのも魔族である。  人間はダンジョンを攻略し、宝を求めた。魔族が人間から奪ったものから、魔族が生み出した魔具まで。  人間はそんな欲で、ダンジョンに挑んだ。  母親似なのか、私は人間とさして変わらない姿で成人を迎えた。  長い黒髪、深紅の瞳、美人と称せる顔立ち。胸はまぁまぁ膨らみ、晒したくびれは引き締まっていて、手足もほっそりしている。  けれども、自分の丈ほどのサイスを振り回せる辺り、人間とはかけ離れているのだろう。  白い刃のサイスは、色んな魔法に対応できる優れものだ。例えば、相手の火の魔法を切れるし、自分の火の魔法を纏うことも出来る。それが父親から与えられた最後のものだった。  父親であるダリアオンは、人間に殺されたのだ。  とある人間のパーティが、父親のダンジョンを攻略して、そしてラスボスである父親を仕留めた。  ただそれだけの話である。  そう思ってしまうのは、やはり私が魔族である証なのだろうか。  人間だった前世なら、泣いているところだ。   でも、喪失感だけを覚えても、不思議と涙は出なかった。  私は、そのダンジョンの新たなラスボスとなった。  父親が殺された場所で、訪れる人間達を阻む。  狙いは、私の持つサイスだろうか。  訪れる人間達を負かせているうちに、金品が貯まっていった。それが財産となっていく。  こうして、ダンジョンの宝となっていくのだろう。なんて、他人事のように思った。  私は負けなかった。  どんな人間が来ようとも、サイスを片手に振り回して、魔法を放ち、勝ちをもぎ取ってきたのだ。  いつしか、私のダンジョンは難攻不落と呼ばれるようになったらしい。  でも、誰も気づいていないようだ。  私がーーーー人間を誰一人として、殺めていないということを。  私の元に辿り着いた人間に、とどめは刺さなかった。  人間だった前世が、そうさせるのだろうか。  それでも人間に手を差し出したこともなければ、親切にダンジョンの外まで送ったこともない。だから、どちらにしても死んでいたのかもしれないか。  そんな悪の四天王の一人をこなしていれば、あっという間に100年が過ぎた。  そろそろ、やめてもいいかしら?  認めよう。私は魔族である。そして悪の四天王の一人だ。  それなりに人間を傷付けていたし、結構楽しんでいたところもある。バーサーカーなところ、あるある。  けれども、そろそろいいだろう。100年も務めたのだから、私は引退してもいいんじゃないか。  父親が後継者と望んだから、一応ダンジョンのラスボスを務めたけれど、100年も守ったのだ。十分でしょう。  密かに人間の街に行っては買っていた小説も、もう読み尽くしてしまったし、ここにいることに飽きてしまった。  後継者を適当に選んで、私は隠遁生活を送ろうか。  真剣に考えていた。 「ご主人様が引退をする? ご冗談を!!」  ダンジョンの最上階で、各階の中ボス各から、後継者を選ぼうとしたのだが。  笑われてしまった。冗談じゃないんだけれど。  私もそろそろ、へそ出し闇の踊り子風の衣装を卒業したい。  コロコロと笑うのは、同じく闇の踊り子風の衣服に身を包んだ女の子。額には二つの小さなツノが生えているし、隠している口元には牙があるのだ。  難攻不落のダンジョンだと、言われるようになってから、魔族がこぞって集まってきた。  我こそが中ボスを務めると、名乗りを上げたのだ。  その中の一人だったその女の子の名前は、ルーサ。一番付き合いが長い。 「ご主人様、何故そのようなことを言い出すのですか?」  笑うことなく、質問をするのは、ルーサと犬猿の仲のジェダイトという名の魔族の男である。  真っ青な顔をしていて、大きな青いツノが右の頭に生えている。それはサファイアらしい。  彼、は黒い軍服のようなものに身を包んでいた。 「ご主人様が冗談を言ったのなら笑えばいいのよ! そんなこともわからないなんて、ほんとバカな男!」 「なんだと!」  始まった。犬猿の仲の二人の喧嘩。  中ボスを務めるほど、二人は強い。いや、むしろ、ダンジョンのラスボスを務めてもいいんじゃないかったくらいは強いはず。  だから、この二人のどちらかが私の後任でいいと思うけれど、喧嘩をしてもほぼ互角なのだ。  きっと勝った方がラスボスに決定と言い出しても、きっと冗談だと決めつけられるのだろう。 「喧嘩もほどほどにしなさい」  それだけを声をかけて、私はその場をあとにした。  翌日。ラスボスとしての定位置である玉座の上。右側のひじ掛けに両足を組んで乗せてだらしなく座っている私は、お気に入りであり未完成の長編小説を読み返していた。  作者が病死したとかで、未完成だけれど、私としてはド好みの恋愛小説である。好きすぎると何度も読み返してしまう癖があって、もう初版であるその本はボロボロだ。  そういう好みは、前世から受け継いでいるらしい。  でも悲しきかな。人間の人生の短さと命の脆さを、噛み締める。  私の寿命を分けられるものなら、分けてあげたかったものだ。そして生きた分、もっと書いてほしかった。この物語の終わりまで。  百年という月日は、結構長いようで短かった。  振り返れば、長かったようで短いものだと、しみじみ思う。  中ボスを務めるルーサが来るまでの70年は、人間達を蹴散らしては追い返していたけれど、ここ30年はラスボスステージである私の玉座の間に、人間は足を踏み入れていない。だから、私は飽きていたのだ。暇で暇で、仕方ない。  私のダンジョン、つまり迷宮の城は、魔物を生み出す。  魔物を懐柔するのは、魔族にとって犬にお手をさせるくらい簡単なこと。  ボロボロと壁や床から出現する魔物が徘徊している上に、ラスボス並みに強い二人が決まった階で待ち構えているのだ。  なんでも、ルーサとジェダイトが強すぎて、暇になってしまうからと、交互に待ち構える場所を変えていると聞いたことがある。  ずるい。私も代わってほしい。  むしろ、もうこの玉座あげる。  私のいる最上階が六階。四階と三階が、中ボスエリアである。 「ん……?」  微かに、城が揺れた。  珍しく下の階で、激しい戦闘が行われているみたいだ。  流石に、ここまでは来ないだろうけれど……。 「暇だ……」  私は本をぱたむっと閉じて、自分の背中を伸ばした。  次第にうとうとして、目を閉じる。  しかし、気配を感知して目を開く。  久しぶりだが、間違いない。これは、人間の魔力だ。近付いてくる。  私はお腹に置いた本を玉座の後ろに隠して、座り直して頬杖をついた。  人間が来るってことは……ルーサも、ジェダイトも、負けたのか?  それしか、考えられないか。  さもなきゃ、来れるはずがないのだ。このラスボスの部屋には。  死んだ……のか。  勝手に「ご主人様」と慕って来たあの騒がしい二人が、もういないのかと思うと、魔族でも寂しさを感じた。  あまり料理を作らない魔族だから、私が作った料理には大袈裟なぐらい舌鼓していたあの二人。  嬉しそうに美味しそうに食べてくれたあの二人。  私を慕う配下ーーーー。 「……ふぅ」  一息ついて、私はサイスを握った。  父親の敵討ちは出来なかったけれど、二人の敵討ちをしよう。  とどめを刺すかは、わからないけれど……。  やがて、扉が開いた。  驚かされる。  真っ先に目にしたのは、ルーサとジェダイトだったからだ。  二人ともかろうじて息はあるようで、血まみれな身体をどしゃっと床に倒した。  拘束されている。魔法封じの効果でもある鎖だろうか。 「お前だな! このダンジョンの大ボス! それにしても小さいな! ほとんど人間にしか見えねぇ!!」  ドッとジェダイトの背中に足を置いたのは、三十手前くらいの年齢の男だ。  バンダナをつけていて、手綱のように、鎖をしっかり握っていた。 「何が難攻不落のダンジョンだよ! 魔族の二人は仲間割れして、手負いだったから、この通りだ! オレ達は無傷でここまで来れたぜ!?」 「……」  なるほど。  昨日からずっと喧嘩を続けていたのか。  だから、二人とも負けたのかよ……。私がしっかり止めなかったことが、原因かしら。  いやどう考えても職務放棄して喧嘩を通り越して殺し合いをしていた二人が、悪いんじゃないか。  私は呆れ顔になってしまったが、男は得意げに言葉を続けた。 「全く! チョロすぎるだろうが! 前に攻略したダンジョンの方がまだ手強かったぜ!? ここ100年、誰も攻略出来てないって聞いたが、嘘だろ! それとも来た冒険者達が弱すぎたのか!? どうなんだよ! 大ボスさんよぉ!」  他のダンジョンを攻略した、という情報を得た私は納得する。  きっと魔法封じの鎖は、その際に手に入れた宝だろう。  難攻不落のダンジョンのラスボスだからなのか、他のダンジョンのラスボスから挨拶しに来たことがあった。  記憶を掘り起こして出てきたのは、10年前ほどに挨拶に来た気弱な印象を抱く死人使いの魔族。そう言えば、私に献上すると鎖を渡そうとしていたっけ。あれと似ている気がする。魔法封じの鎖なんて、結構レアなものだ。でも献上とか受け取る理由もなかったから、要らないと突っぱねたのだった。  その死人使いの魔族がラスボスを務めたダンジョンを攻略した、か。  バンダナの男のパーティは、目で確認できるだけで六人だ。一人、明らかに治癒魔法と光魔法が使えそうな修道女風の格好をした女性がいる。きっと彼女の力で攻略したのだろう。死人使いに、光魔法は大打撃だ。  後任は誰になるのだろう。なんて、一瞬気が逸れてしまった。 「この私に質問しているのかしら?」  私は自分の黒髪を指で弄びながら、確認した。本当に私の返答を待っているのか。 「当たり前だろ!」  ニヒルな笑みで余裕綽々な男は、返事をした。 「ここ30年は、人間と戦っていないから、知らないわ」 「はっ! 30年もそこでふんぞり返っていたのかよ! 腕が錆びてるんじゃねーの?」 「そうかもしれないわね。あなた達には、いいハンデじゃないかしら?」 「……言ってくれるじゃねーか」  バンダナの下で、青筋が立ったものだから、嘲笑う。  確かにこの玉座でふんぞり返って、小説を読み耽っていた。 「私からも一つ訊きたいのだけれど、どうしてその二人を拘束して連れてきたのかしら? 人質のつもりかしら」 「はっ! 魔族が仲間を見捨てる冷酷な種族だってことは知っている! ただこいつらが、大ボスであるアンタだけには勝てるはずないって言うものだからな。アンタが負ける姿を見せてやろうと思って連れてきた! なぁ!? そうだろ!? 小鬼魔族!」  バンダナの男がルーサの髪を掴み顔を上げさせたものだから、ルーサが「うぐ!」と小さな悲鳴を洩らす。 「も、申し訳……っございません、ご主人様っ」 「はははっ! 負けてごめんなさい、だとよ!」  か細い声で謝罪するルーサ。  高笑いして、バンダナの男は代弁する。 「そう。それじゃあ、始めましょうか」  私は重たい腰を上げて、トンとサイスを杖のように立てた。 「我が名は、ローナローナ! かかってくるがいい! 愚かなる人間ども!」  ここ100年使い古したセリフを吐いて、相手の動きを待つ。  ーーーーと見せかけて、私は風のように駆ける。  一番後ろで防壁魔法を唱えていた修道女の防壁を壊し、腹を白い刃のサイスで切り裂く。  ガラスのような防壁と赤い血が、飛び散る。  久しぶりの人間の血に、高揚を覚えた。 「ミーシャ!! ちっ!」  バンダナの男のパーティメンバーは、倒れるミーシャという修道女より、敵の真ん中にいる私に致命傷を与えようと攻撃を仕掛ける。  先ずは、そばにいた盗賊風の女性の短剣が、眼球目掛けて突かれるから、その手を撥ねた。  騎士風の男の剣を叩き割り、踊るように回転して、盾の男の足を切り裂く。  人間って、かなり遅いって、忘れていたわ……。  最後にサイスを投げるようにバンダナの男に突撃をする。刃のない方を食らって、血を吐いて吹っ飛ぶ。 「とりあえず、この子達、返してもらうわね」  鎖を拾って、ルーサとジェダイトを引きずって、玉座まで戻る。  猶予をあげたのだ。  どうせポーションを常備しているはず。いくら治癒魔法が使える者がいても、ダンジョンに挑む時は必須アイテムだ。  思った通り、先ず盗賊風の女性とバンダナの男が自分の傷を癒すために青いポーションを飲んでいた。  一番瀕死になっているミーシャには、騎士風の男が飲ませようとしている。 「あら? それハイポーションかしら?」  濃厚な青い色に気付く。ミーシャに飲ませているのは、ポーションより格上で希少のハイポーション。  たちまち、瀕死の傷は治ってしまった。まぁ、別にいいのだけれど。  殺すつもりはハナからないし、また瀕死に追い込めばいいだけのこと。  ポーションも切断された手だって、くっ付けていれば治ってしまうのだ。 「くそ!! 吸血鬼並みに速ぇ!!」  ポーションを飲み干したバンダナの男が、吐き捨てる。  魔族に分類される吸血鬼は、人間の3倍は速く動けるのだ。 「ああ、私は吸血鬼のハーフよ」  にこり、と私は教えてあげた。 「はっ! 舐めてんのか! お前!? 自分の弱点を教えたも同然だぞ!!」 「弱点がわかったところで、レベルの違いを見せつければ……絶望するでしょう?」 「は……?」  とても優しい声で、告げる。  吸血鬼と認めることは、確かに有名な弱点を認めるということだ。  けれども、レベルが低ければ、攻撃はあまり効かないもの。  バンダナの男は、面白いくらい赤面した。 「はぁ!!? ふざけんな! てめぇ自分がレベル上だとかほざくつもりかよ!! 弱点を突かれても、負けねぇってか!? おい、ミーシャ!! やっちまえ!!」 「は、はい!」  ミーシャがまた唱える。光魔法か。  玉座に腰を戻した私は、立ち上がる。  今度は守ると、ミーシャの前には4人が固まった。  ふむ、今突っ込んだら、誰かの首を撥ねてしまいそうだ。  まぁいいか。くるくるとサイスを回して遊んでいれば、相手の攻撃が整ったようだ。  大技らしく、時間がかかったな。  十字架の形の光の矢が、無数に放たれた。  サイスを回して遊ぶ延長戦で、その矢をことごとく、叩き折る。  それだけではない。光の魔法を吸収させてもらったサイスは、清らかな光を放ち始める。 「嘘っ……! 私の魔法を、吸収した!?」 「くそっ!! 続けろ! ミーシャ!!」 「っはい!」 「あー、サイスがもうお腹いっぱいだって言ってるから、もうその魔法は要らないわ」  バンダナの男がまた指示を出すけれど、私はにこやかに断った。  また風のように駆けて、間合いを詰めた私は、盾の男を蹴り飛ばして、バンダナの男の剣を持つ右手を撥ねる。  そして、サイスを盗賊女の脇腹に叩き付けた。  騎士がミーシャを守ろうとするけれど、どう見ても弱い。  そんな騎士ごと、ミーシャを光のサイスで切り裂いた。 「ごふっ!」  肩が切り裂かれた騎士は、崩れ落ちる。  同じく肩を抉られたミーシャは、膝から崩れた。  ミーシャがなんとか鞄からポーションを取り出す。まだ青いポーションで治せる怪我だろう。  しかし、ポーションを持ち上げる力がないようだ。  私は目の前でしゃがんで、ポーションを取ったら、抉られた肩にかけてやる。  ミーシャは瞠目した顔で見上げてきたから、胸倉を掴んで引き寄せた。 「教えてあげる。これから、ポーションが尽きるまで、ゆっくりと全員いたぶってあげるから、頑張ってね。ダンジョンに来たんだから、たくさんポーション持ってきたよね? どれぐらい持つかしら……あなた達の精神」  もう一つ、鞄からポーションを取り出した私は、倒れた騎士にぶっかけてやる。  ミーシャは青ざめた。ガクガクと震えてしまいそうなほど、真っ白な青い顔。  恐怖に支配された彼女を見て、私は笑みを深めた。  先ずは、回復役の心をへし折る。これ定石よね。 「あちっ」 「!」  騎士にぶっかけたポーションの残りが指についてしまい、少し痛みを感じた。  私が吸血鬼でポーションが効くことを思い出したのか、ミーシャは鞄ごとポーションを私に叩き付ける。  頭からポーションが滴る私は、サイスを落として、鞄を払い除けた。 「っ! うっ!!」  ひりひりした痛みが走る。 「今だ!!」  ポーションで回復したバンダナの男達が、私に刃を振るう。 「なーんてね」  両腕で隠していた顔を晒して、私は嘲る。  叩き落とすような盾をひらりと躱して、盾男の肩に乗った。このまま首を捻ってもいいけれど、ポーションを使い切るまでいたぶる約束をしたのだ。肩を打撲させるだけに留めた。  次に折れた剣を振り下ろそうとした騎士の足を潰して、床に着地。  剣を両手で振り上げたバンダナの男には、タックルを食らわせるようにして、吹っ飛ばした。 「言ったでしょう。私はハーフだし、レベルが違うのよ」  ハーフだから吸血鬼としての弱点は、それほど効かない。ひりひりはするけれど。  それに、レベルが違うのだ。  サイスを拾おうと振り向くと、わざと落としたサイスのところには盗賊女がいて、拾おうとしていた。  流石は盗賊。拾うのが早いが。 「触らない方がいいわよ」 「っ!? うわ!!」  忠告したが、遅かった。  盗賊女は、サイスを持ち上げようとしたが、それに失敗してひっくり返る。  あまりの重さに、驚愕した表情をした。 「お嬢ちゃんには、重すぎるのよ」  ひょいっと軽々と片手で持ち上げては、くるりくるりと振り回す。 「人間が扱うには重すぎる。だから、このサイスを持ち帰るのは諦めた方がいいわね。壊す、が妥当かしら。壊せるものならね」  私は嫌味ったらしく教えてあげた。  このサイスが刃こぼれしたことはない。壊せるか、疑問だ。 「さぁ、続きをしましょう?」  こつん、とサイスを立てて、私はあざとく首を傾げた。 「も、もう退却を!!」 「うるせぇミーシャ!! まだポーションはあるんだ!! 戦うぞ!!」 「っ!!」  ミーシャが退却を望んだが、バンダナの男は一蹴する。  その言葉が悪かった。  先程教えた私の言葉を思い出して、ミーシャはまた一層青ざめる。  ポーションがある限り、いたぶられる。弄ばれるのだ。 「嫌!! もう嫌ぁあ!!」  ミーシャが一人で逃げ出そうと、開いたままの扉に向かって走っていく。 「ふざけんな!!」 「ミーシャ! 一人ではこのダンジョンから出られないぞ!?」 「行くな! ミーシャ!!」  バンダナの男がぶち切れるが、騎士と盾男は身を案じているようだ。  腹を切り裂かれて、肩を抉られて、その上まだまだいたぶられるのだから、怖くて逃げだしても仕方ない。  だって、人間だもの。  私くらいの魔族になると、手を吹っ飛ばされても、足をもぎ取られても、戦い続けなくてはいけないから慣れたものだ。  主に父親にされたことだけれどね。吸血鬼の自己再生能力が高くなければ、簡単に死ねたのにって何度思ったことやら。  ルーサやジェダイトのように、虫の息でも意識がかろうじてあるくらい、魔族は痛みに強いといえるのだろうか。 「ビース! 退却しないと!! ミーシャが死んじゃう!!」 「くそっ!!」  バンダナの男ビースが、ミーシャとともに退却することを求められる。 「ざけんな!! 難攻不落のダンジョンの大ボスのところまで来たんだぞ!? こんな好機もうねえ!!」 「そうそう。もう中ボスを抜いて、大ボスの私と戦える日なんて、来ないわ」  ビースの言葉に頷いて、私は身を屈めた。  風のように駆けて、ビースの左足を切断する。  盗賊女の腹にサイスの刃先をぷすりと刺しては、背を向けてミーシャを追いかけようとする騎士と盾男の背中を一振りで割く。  そして、廊下を走りながら、また光の魔法を唱えているミーシャを追う。  私が追ってくることはわかっていたらしく、呪文を唱え終えた。  十字架の形の光の魔法が放たれるが、それを全て叩き落す。  サイスに貯蓄された光の魔法を、お返しに振っておく。  光の刃が飛び、ミーシャの足を切りつけた。走るどころか、立つことも出来なくなるミーシャは、それでも出口を求めて手を伸ばす。  そういえば、彼女のポーションはもうないんだった。私に全て浴びせたのだ。  出口を求める手を掴み、私は廊下を引き返す。 「嫌ぁ、もう、許してっ! 許してください!」  ラスボスステージに引き戻されることに酷く怯えて、ミーシャは許しを請う。 「ここに来たことを後悔してもらわないと、ねぇ?」  私は振り返って優しく笑いかけた。 「も、もう後悔してますから! お願いしますっ!」 「まだだめー」 「っ……」  ミーシャが、絶望のあまり絶句している。 「図に乗るな!! ”ーー業火よ、食らい尽くせーー”!!!」  ビースが、魔法を放つ。  私がサイスを持っていなかったら、ミーシャごと黒焦げになっていたではないか。  サイスで、炎の塊を両断した。  しかし、それは目くらましだったらしい。  両断した先に、盗賊女がいた。床に刺さったサイスを踏みつけて、私の顔を目掛けて短剣を突きつける。  私は少し身を引いて顔を横に向かせて、短剣に噛み付いて受け止めた。 「なっ!」  驚くのは、まだ早い。私はそのまま短剣を噛み砕いた。  口に残った刃の残骸を、ペッと吐いたら、盗賊女の目に入ったようで、悲鳴を上げてのたうち回る。 「ミーシャを放せ!!」  騎士が後ろに回って、折れた剣を突きさそうとした。  私は軽く躱したあと、手首を掴み、軽く握り潰す。 「言われなくても放すよ。回復、してもらえるといいわね」 「っ!?」  スタスタと玉座に戻るために歩く私に、盾男もビースも攻撃を仕掛けなかった。  騎士と盗賊女は、ミーシャに治癒魔法をかけてほしいと頼む。  しかし、ミーシャは首を横に振るう。 「もう嫌!! 一思いに殺して!!」 「ミーシャ、しっかりして!」 「そうだ! 早く手を治してくれ!!」  ミーシャは、完全に心が折れているようだ。  私に向かって、殺してと叫んでいる。 「広範囲の治癒魔法を使うだけでいいから!」  おやおや。 「バカ! やめろ!!」  ビースの制止も叶わず、ミーシャの広範囲の治癒魔法が行使される。  びりびりと私は痛みを覚えるけれど、こんなの日焼けをした程度だ。  ビース以外は忘れてしまったみたい。  広範囲の中に、私の手負いの配下が二人いること。  玉座の前で虫の息だった二人が、立ち上がった。  パキンと鎖が弾ける。拘束していた鎖を力技で壊した。  あーあー。貴重な魔法封じの鎖が壊れてしまった。  深手ではなければこんな鎖、バカ力な二人には容易く破れるか。 「愚かな人間ども……! あたしの真の姿を見せてやる!」 「いいや、オレの真の姿を見せて、力の差を示してやる!」  治癒魔法で回復したが、理性が外れかかっている。  二人して変身しようとするものだから、私はサイスで遮った。 「この人間達は、私の獲物よ。敗北者は黙って反省でもしていなさい」  それだけを二人に告げる。  敗北者と聞き、二人はすぐさま両膝をついた。 「「はい、ご主人様……」」  しゅん、と項垂れたところを見ると、反省の色はあるようだ。 「も、もう無理!! 殺してぇええ!!」  泣き叫ぶミーシャ。自業自得である。  そのセリフをビースが叫ぶまで、私は蹂躙してあげたのだった。  そのあと、恐怖のあまり、気を失った一行をダンジョンの前に捨てておく。  久々にラスボスを演じたから、疲れた疲れた。  背伸びをして、玉座の後ろに置いた本を拾おうとしたが、その前に正座している二人を見付ける。  ずっとその体勢で反省していたのか。 「もっ」 「申し訳ありませんでした!!」 「お許しください!! ご主人様!!」  がばっと、頭を下げる二人。 「喧嘩もほどほどにしなさいって言ったわよね? 聞こえなかったのかしら」 「いいえ、聞こえていました……それなのに、止められずに喧嘩を続けていました! 申し訳ありません!!」 「申し訳ありませんでした!!」  腰に手を置いて、確認すれば私の言葉は聞いていたらしい。  やっぱり二人が悪いわね。 「その上、あんな奴らに捕まり、醜態を見せてしまい……本当に、申し訳ありませんんんっ!!」  ルーサが、泣いた。 「役目を放棄した形になってしまい、申し訳ありませんんんっ!! せっかく、せっかく、ご主人様に任されていたのに!! ごめんなさい!! 命を持って償わせてください!!!」  鼻水まで出しながら、むせび泣く。 「オレも、この場で処刑してください!! この命で、償わせてください!!!」  頭を下げたままのジェダイトまで、命で償うと言い出した。 「そうね……」  私は右手に握ったサイスを左手に持ち変える。 「それくらい反省しているなら、今回限りよ、許してあげるわ」 「えっ!」 「ご、ご主人様……?」  驚いた顔を、ルーサとジェダイトが上げた。 「何? 意外かしら?」 「……いいえ、あたし達に寛大なローナローナ様の優しさが、すごすぎて驚いた次第です」 「優しすぎます……」  今度は感動したように泣くルーサ。そして、ジェダイトも、すすり泣いた。  私が寛大? 優しい?  恐怖で気絶するまで、人間達をいたぶっていたのに?  感性がずれているわー、この子達。 「とりあえず、仲良く掃除してちょうだい」  返り血で汚れたから、床を掃除するように命じた。 「は、はい!」 「オレ一人で十分です!」 「バカ! ご主人様は二人で仲良くしなさいって言ったじゃない!」 「ならば、喧嘩腰になるな!」  口喧嘩しつつも、掃除を始める二人を見て、また声をかける。 「久しぶりに、皆でご飯食べる?」  もちろん、私の手料理だ。  ぱっと輝かせた目を向けて、二人は激しく首を縦に振った。 「はい!! もちろんです!!」 「いただきます!! ぜひ!!」  もう少しだけ、ここのラスボスを務めようか。  なんて、思ったのだった。  
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