幻の花火

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 あれは大学二年の夏だ。  夏休み、俺は実家に帰って、地元で短期のバイトにいそしんでいた。  バイト先は実家から自転車で30分程度の場所、夜9時までのシフト。お盆が終わるまでの契約だった。  バイト先で俺はそんなに役に立った気はしないけど、色々良くしてくれたし楽しく働けたと思う。これはこれで、ひと夏のいい思い出だ。  それはさておき。  それが起こったのは、バイトの最終日。つまりは8月16日のことだ。バイト先の皆さんに挨拶をしてから、俺は自転車で帰途についていた。  俺の実家のある場所は隣県との境の近くにあり、川一つ越えたら隣県の町だ。家に帰る時はその川べりの道を通る。この道に出たら家まではすぐ近くだ。  その道を通りかかった、ちょうどその時。  パァン。  花火の音が聞こえた。  俺は思わず自転車を止めた。  パァン。  すかさずもう一度。 「……花火?」  辺りを見回しても、花火をやっている気配はない。空にも火花は見えなかった。第一、この町の花火大会は7月に終わってしまっているし、9時をとっくに回ってしまっているこの時間では花火の打ち上げもしない。  この辺りは住宅街で、大規模な花火をやろうと思ったらこの川の河川敷くらいしか場所はない。小さく古い住宅が川の両側に並んでいて、家で花火をやっているような気配はない。  気のせい? いや、確かに聞いた。  他に誰か聞いた者がいないかと辺りを見回してみたが、他には誰もいなかった。この辺りは年寄りも多いので、夜に出歩く者は極めて少ない。こんな時間に人通りなんてほとんどない。  仕方なく俺は再び自転車を走らせた。  あと少しで実家だというところで、隣町の方向から帰省客らしい他県ナンバーの車が我が物顔で夜道を飛ばして来た。多分帰らなければならないので急いでいたのだろうが、危うくぶつかりそうになって俺はブレーキをかけた。 「あっぶねーなぁ……」  あんなに急いでいては、花火の音がしても聞こえちゃいないだろう。多分あれを聞いたのは俺だけだ。  ま、これがひと夏のちょっと不思議な思い出、「幻の花火」だ。
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