始まり

1/3
44人が本棚に入れています
本棚に追加
/50ページ

始まり

25日午後7時30分頃、JR今宮線で脱線事故発生。上之川(かみゆきかわ)駅付近。この事故により二名死亡。他軽症者数名が出ている模様。置き石が原因とみられる。 朝食を取りながら新聞を読んでいた行平は 「脱線事故か・・」 ぼそりと呟いた。 行平は、テーブルに新聞を読みながら、器用にパンを取り口に運ぶ。何か気になる記事があると、手を止め誰に聞かせるわけでもなく口に出すのだ。 テーブルに家族の食事を並べていた妻、明子は忙しく手を動かしながら 「なぁに?脱線事故?何処で?」 行平の言葉に反応する。 「上之川駅の辺りらしいな」 「上之川?それいつの話?」 普段明子はニュースや新聞を見ない。時事情報を知るのは大切な事だと思ってはいるが碌な事がないこの世の中だ。嫌な情報をわざわざ自分から見る必要などないと思っている明子は、極力見ないようにしているのだ。 そんな明子が気まぐれだったのか行平の呟きにすぐに反応した。 「昨日の夜7時30分ごろだって。置き石が原因か・・だって」 「ふ~ん。私が帰った後に脱線があったんだ」 明子は昨日小学校三年生の娘、香織を連れて実家に帰っていた。実家は件の上之川駅から3㎞位の場所にある。とてものどかな田舎町で、明子が高校の時に利用していた上之川駅は当時無人駅だった。しかしその数年後、駅の近くに大型ショッピングモールが出来たのをきっかけに駅前周辺は様々な商業施設が出来、人も多く移り住んできた。その為駅を利用する人も多く、無人だった駅に駅員がいるのを見た時は少し寂しさを感じたものだった。 「でも、あの辺りは線路に近づけるかしら?」 「上之川駅の所は無理でも少し離れた所は近づけるだろ?畑の所とか」 「ああ。あの辺りね。確かに線路に近づけるけど・・」 人が多くなったとしても、駅から離れた場所になるとまだまだ過疎化が進んだ田舎町で田園風景が広がる。線路も畑を寸断する形で敷かれているだけなで容易に入る事は可能である。 「悪質な悪戯だよな。二人も死んでる」 「ホントよね。あ、起きてきた。早く顔洗ってご飯食べちゃいなさい!」 盛大に寝癖を付け、パジャマ姿でリビングに来た香織に気づいた明子は、洗面所の方を指さした。 明子は、香織を妊娠する前に二度流産を経験している。三度目の正直と、妊娠するも流産を二度もした明子は念のため長期入院を余儀なくされた。妊娠初期頃の定期健診時、医者から「双子かな?」と言われた時は躍り上がるほど喜んだ。流れてしまった子供が帰ってきたような感覚があったものだ。しかし、産んでみると一人。少し残念な気もしたが子供を無事に産めたことに感謝した。 そういう経緯もあり、一人娘の香織は二人にとってかけがえのない大切な宝物なのだ。 そんな香織ももう小学三年生。一人っ子という事もあり少し甘えん坊な所はあるが、とても明るい性格で勉強はさほどでもないが体を動かす事が大好きな子だ。授業で体育がある曜日は、朝からとても嬉しそうにしている。 いずれ何か好きなスポーツでもあればやらせてみようかと二人は考えていた。
/50ページ

最初のコメントを投稿しよう!