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回想-4-
ミエコはしばらく家に帰ることはなかった。ようやくのこのこ帰ってきたのは3か月後だった。
「お前は母親だろうが!!メグミがどれだけ寂しい思いをしていたかわかるか!?」
自分がどれだけ母親として情けないことをしたのか延々と言い聞かせてやった。
もちろん俺の腹の虫がおさまらないという理由もあるが。
「ごめんなさい…ごめんなさい、ヨシちゃん、お義母さん」
俺と母さんだけに泣いて頭を下げるミエコは、母親としての自覚が足りなすぎる。
「ミエコちゃん、夜の仕事はもうやめてわたしのとこで一緒に働こう?」
母さんはどこまでもお人好しだ。
ミエコに目を覚ましてほしいんだ。それはミエコのためでもあるが、何よりメグミのためでもある。
「わかりました、もうご迷惑はかけません!」
ミエコは母さんが働いている寿司屋で世話になることになった。
俺もミエコの不貞に目を瞑ることにした。
こいつはまだガキだ。そう思わなきゃやってられない。―――メグミのために俺ができることはこれくらいだ。
だが、ミエコはまた同じことを繰り返した。
「ヨシト…ミエコちゃんが…」
母さんが真っ青になって報告してきた内容を聞いて、俺は強い怒りで卒倒しそうだった。
働きだしてから僅か2か月、ミエコは母さんが世話になっている寿司屋の板前と駆け落ちしたのだ―――。
終わったな、あの女は。
母さんに恥かかせやがって。
しかも2度もメグミを裏切りやがって。
「おとうたぁん、おとうたぁん!!」
無邪気に笑うメグミが不憫に思えてならない。
あいつはあいつの母親にそっくりだ。男のことになると周りが見えなくなる。自分の娘のことすら頭から消えてなくなるのだろう。
いくら待てど―――いや、待ってなどいないが、もうこの団地に帰ってくることはないだろう。
子どもを捨てた女を連れ去るような板前など頭がイカれてるだろうな。
そんな男と、せいぜい幸せになるんだな。
・・・なれるものなら。
俺は父親としてメグミを守る決意をした。
母さんは肩身の狭い思いをしながら仕事を続け、メグミの面倒を見てくれた。
俺は化粧品のセールスマンとしてますます仕事に精を出した。
ミエコは今度こそ帰ってくることは なかった。
メグミが5歳の誕生日を迎えた頃、すっかり存在を忘れていた人間が俺たちの団地に現れた。
招かざれぬ客に、母さんは身構えていた。
お転婆娘に成長したメグミはそいつに向かってニコニコと愛嬌を振りまいている。
「用件はなんだ?」
「へぇ~、この娘がミエコが産んだ子なのぉ?ミエコにそっくり!!」
「用件はなんだと聞いてるだろうがっ!!」
メグミをババアの前から引き離す。
ミエコの母親だと知らずに「このおばちゃんだぁれ?」と質問してくるメグミ。
何故今更この団地に現れたのかさっぱり理由がわからなかったが、ババアの口から聞かされた驚愕の真実に、さすがの俺も目眩がした。
「ねえ?その子、メグミちゃんていうの?その子の父親ってあんたじゃないのよ。
メグミちゃんクルクル天然パーマでしょ?ミエコもあなたも天然パーマじゃないのに不思議だと思わない?」
ここまで聞いて、勘のいい俺はババアの言葉の意味を悟ってしまった。
「ミエコは義父とデキていたのよ?
ほら、義父クルクルの天然パーマでしょう?
その子は義父とミエコの間にデキた子どもなのよぉ~」
……メグミは、俺の子どもじゃないのか。
ババアを疑うよりミエコの今までの愚かな行動を疑うほうが自分を納得させるのに早かった。
とどめの一言はもう何を言われようが動揺しない自信があったが、やはりミエコはどこまでもバカな女だという事実を突きつけられたら、ただメグミが不憫で―――。
「ミエコは今義父と駆け落ちしてるわよ」
………今度は義父と一緒になったのか。
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